1型糖尿病プロサイクリストの食事と血糖変動 9日間のキャンプでの観察研究
1型糖尿病(T1DM)の治療が進歩し、健常者と変わらないハイレベルのスポーツを実践する患者が多数存在する。治療ガイドラインでT1DM患者に対しても、週に150分以上の中等度から高強度の運動という一般的な推奨事項と同様の推奨がされているが、T1DMのアスリートの運動量はそれをはるかに上回る。実際、マラソンやウルトラマラソン、アイアンマンイベント、数日間にわたる超耐久トライアスロンで実績を残すT1DMアスリートも少なくない。
このようなスポーツでは当然、T1DMの血糖管理は困難となるが、近年は連続血糖測定(Continuous Glucose Monitoring;CGM)が可能になり、薬剤の進歩と相まってハードルが低下してきた。こうした中、本論文の著者らは、所属メンバー全員がT1DMであるプロサイクリングチームの9日間に及ぶキャンプ中の、血糖変動と食事のモニタリングを実施した。
1日5,000kcal近くにも及ぶ食事摂取を必要とするハードなトレーニングにもかかわらず、血糖値は良好に管理されていたが、夜間低血糖による翌日昼間の低血糖リスク上昇といった関連も認められたという。
参加者の背景:16名の1型糖尿病プロサイクリストで検討
この研究の参加者は、毎日複数回のインスリン注射で治療しているT1DMのプロサイクリスト16名。主な背景は、年齢27±4歳、罹病期間11±5年、BMI22±1、HbA1c6.8±0.6%、VO2max73.1±3.8mL/kg/分、最大心拍数189±10bpm。
9日にわたるロードサイクルセッション中、毎日2~6時間、平均4.3±1.5時間、最大心拍数比60~75%の強度で56~183km走行するトレーニングを行った。
食事摂取量とエネルギー消費
食事は栄養士と医師が各参加者にあわせて、エネルギー、炭水化物、蛋白質、脂質を調整した。
9日間のエネルギー摂取量の平均は4,636±1,035kcal/日、炭水化物は720±171g/日、蛋白質は174±45g/日、脂質は89±263g/日であり、それぞれが占める割合は、炭水化物63±8%、蛋白質15±3%、脂質22±8%だった。
ライド中のエネルギー摂取量は209±149kcal/時であり、1日の摂取量の12~25%と推定された。ライド中に、炭水化物を44±32g/時、蛋白質を2±2g/時、脂質を3±3g/時、摂取していたと推計された。
キャンプ中の血糖変動:推奨される管理目標内の変動を達成
キャンプ中は常時CGMによって血糖値(正確には間質液糖濃度からの換算値)を測定した。キャンプ中にCGMが使われていた時間は80±13%であり、昼間と夜間での差はなかった。
血糖値の評価
CGMによって把握される血糖変動の評価法として、現在、国際的に以下のような基準が用いられており、本検討でもこれに即して検討した。
- 血糖値が目標域(70~180mg/dL)にある時間の割合(Time in Range;TIR):70%以上
- 血糖値がレベル2の低血糖域(54mg/dL未満)にある時間の割合:1%未満
- 血糖値がレベル1の低血糖域(54~69mg/dL未満)にある時間の割合:4%未満
- 血糖値がレベル1の高血糖域(181~250mg/dL)にある時間の割合:25%未満
- 血糖値がレベル2の高血糖域(250mg/dL以上)にある時間の割合:5%未満
TIRは76%だが、L2の低血糖は2%
検討の結果、血糖値が目標域にある時間「TIR」は76%で、過酷な条件下にあるにもかかわらず、通常の生活下での目標として設定されている前述の数値(70%以上)をクリアしていた。また、高血糖に関しては、レベル1が15%、レベル2が3%であり、これも一般的な目標をクリアしていた。
その一方で低血糖については、レベル1が4%、レベル2が2%であり、54mg/dL未満の低血糖の時間帯が一般的な目標を超過していた。
血糖変動と低血糖の関連:夜間の低血糖が翌日昼間の低血糖リスクを高める
昼と夜で平均血糖値に差はないが、昼間の血糖変動は大きい
昼と夜とで比較すると、平均血糖値は昼間138±25mg/dL、夜間135±44mg/dLで、有意差はなかった(p=0.421)。ただし、標準偏差は昼間43±16mg/dL、夜間25±20mg/dLで、昼のほうが有意に大きかった(p<0.001)。
夜間の血糖値が低血糖域にある時間の長さは、翌日の低血糖の時間の長さと有意に相関していた(β=0.265,p=0.003)。また、夜間低血糖の発生は、翌日の低血糖イベントのリスクを3.6倍増大させる有意な関連が認められた(ERR:3.641,p<0.001)。
サイクリングセッション中の血糖変動
血糖値が目標範囲内にあった時間は69.4~85.3%の範囲に分布し、平均血糖値は140±42mg/dL、記録された最低値は46mg/dL、最高値は331mg/dLだった。
平均血糖値は、レベル2低血糖(r=-0.271,p=0.010)およびレベル1低血糖(r=-0.410,p<0.001)の発生と負の相関があり、レベル1高血糖(r=0.769,p<0.001)およびレベルL2高血糖(r=0.665,p<0.001)の発生と正の相関がみられた。
夜間の血糖値が低血糖域にある時間の長さは、翌日昼間のライド中に認められた低血糖の時間の長さと有意に相関していた(β=0.252,p=0.019)。また、夜間低血糖の発生は、翌日昼間のライド中の低血糖イベントリスクを1.8倍増大させる有意な関連が認められた(ERR:1.797,p<0.001)。
考察と結論:血糖変動のさらなる正常化へ
これらの検討から、筆者らは血糖変動と食事戦略について、以下のような考察を加えている。
レベル2低血糖を減らす必要性
9日間の激しいトレーニングキャンプ中に、TIR70%を超える良好な血糖管理を達成した。1日約5,000kcalを摂取し、平均4.3時間ライドするT1DMアスリートチームにとって、素晴らしいものと言える。
レベル1の低血糖も、目標とされる数値からみて許容範囲だった。しかし、レベル2低血糖の時間は、臨床ガイドラインが指し示す目標値の1%未満に対して、その2倍の2%に達していた。レベル2低血糖の時間帯をあと1ポイント減らすことは、今後の課題かもしれない。血糖モニタリングシステムや薬剤、および食事戦略の進歩が、その達成に役立つであろう。
本研究の結果、昼間に比較し夜間は低血糖リスクが高くなる傾向が認められた。その理由として、サイクリストは連日のトレーニングによりインスリン感受性が亢進した状態にあり、また基礎インスリンを夕方に投与するアスリートが多かったこと、就寝前2〜3時間に食事をとっていないことが影響している可能性が考えられる。
炭水化物摂取量は非糖尿病者よりも少ない可能性
主要栄養素分析によりライド中の栄養素の摂取比率は、脂肪13%、蛋白質10%に対し、炭水化物が77%と高値であると推計された。
炭水化物の摂取量は、ライド時間が2〜3時間の場合20〜30g/時であり、3.5〜4.5時間では35~53g/時、4.5〜6.0時間では45〜58g/時と考えられた。この値は、持久系アスリートへの推奨値である、2〜3時間の運動で60g/時、3時間を超える場合は90g/時との値に比較して少ない。ただし、この推奨値が現実的なものであるか否かについて近年、疑問視する指摘もなされており、達成困難であることが少なくない。
もっとも、サイクリング前にアスリートは朝食を多く摂取する傾向がみられ(推定900~1,700kcalで、1日の総摂取量の約25%)、そのことによる影響もあるかもしれない。しかしそうであっても、糖尿病のないアスリートへの推奨値より依然として低いと考えられる。
結 論
以上の結果と考察から、著者らは以下の結論を示している。
本研究は、T1DMアスリートが、9日間にわたるトレーニングキャンプ中に、大部分の時間を正常範囲内に血糖値をコントロールできることを示した。ただし、夜間の低血糖の頻度が高くなる傾向があり、そのことが翌日の低血糖のリスクに影響し、トレーニングセッション中の低血糖が増加した。
これらのデータは、T1DMエリートサイクリストの血糖最適化を通じて、運動パフォーマンスの向上の役立つ可能性のある、個別化された栄養・治療戦略の開発の基礎データとなり得る。
文献情報
原題のタイトルは、「Glycemic responses to strenuous training in male professional cyclists with type 1 diabetes: a prospective observational study」。〔BMJ Open Diabetes Res Care. 2020 Apr;8(1):e001245〕
原文はこちら(BMJ Publishing Group Ltd)