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運動関連低ナトリウム血症(EAH)のリスクと予防に関するナラティブレビュー

血漿ナトリウム濃度135mmol/L未満で定義される運動関連低ナトリウム血症(exercise associated hyponatremia;EAH)は、1980年代から注目されるようになった。近年でも例えば2007年にロンドンマラソン参加ランナーが、2015年にはフランクフルトでのトライアスロン参加アスリートが死亡している。本論文は、EAHのリスク因子を、性別、競技条件等、背景因子別に検討を試みたナラティブレビュー。以下はその抜粋。

「運動関連低ナトリウム血症(EAH)のリスクと予防に関するナラティブレビュー

EAHの定義の歴史

1981年以前は、持久系アスリートに対し運動中は水分を摂取しないよう助言がされていた。そのため高ナトリウム血症の報告がよくみられた。このことからアメリカスポーツ医学会(ACSM)は、高ナトリウム血症予防のため運動中にできるだけ水分を摂取するよう推奨した。これを契機に、特に米国においてEAH症例が増加した。背景として、脱水症を避けるためにできる限り飲むことを目的としたスポーツ研究へ、米国の飲料産業からの資金提供があった。

EAHの病因

低ナトリウム血症の重症度を決定する2つの要因は、血漿ナトリウム低下の速度と血漿ナトリウムレベル。急速に発症した低ナトリウム血症は、中枢神経症状をもたらす。一方、発症原因としては、ナトリウム喪失の増加、および水分の摂取量の増加という2要因が挙げられる。

EAHの臨床症状

低ナトリウム血症が軽度および緩徐に進行した場合、無症候性のことが多い。血漿ナトリウム濃度が120mmol/L未満となると一般的には明らかな臨床症状が現れるが、持久力のあるアスリートでは約115mmol/Lまで無症状のこともある。血漿浸透圧の急速な低下は、血液脳関門を越え水分の流入をもたらし、脳浮腫を来す。脳浮腫による症状として、頭痛、吐き気・嘔吐、めまい、倦怠感、痙攣、てんかん様発作、傾眠、昏睡などがある。血漿ナトリウム濃度の低下が緩徐で脳浮腫を来さない場合の症状としては、倦怠感、見当識障害、混乱、食欲不振などがある。

EAHの頻度

かつて長期間の身体活動に伴う脱水症は不可避と考えられ、一方で水中毒が致命的になることは非現実的と考えられていた。しかしその後、EAHが生命を脅かし得ことが認識されるようになり、実際に死亡例も報告されている。現在、マラソンやトライアスロン参加者の30%程度が、実験室レベルでは低ナトリウム血症を来していると考えられる。

EAHの危険因子は、アスリート個人に関することとして、女性(特に月経期)、低身長、低体重、低BMI、競技経験が少ないこと、NSAID(非ステロイド性消炎鎮痛薬)の摂取が挙げられ、イベント条件に関連することとして、4時間以上にわたるもの、水分摂取の可用性が高いこと、極端な高温または低温が挙げられる。

競技種目別のEAHの頻度

水泳はEAHの頻度が高く、特に女性の長距離オープンウォータースイミングにはリスクが高い。スイスのチューリッヒで行われた26.4kmのマラソンスイミングでは、11人の女性のうち4人(36%)がEAHとなり、一方25人の男性のうち2人(8%)がEAHとなった。

サイクリングはEAHのリスクが低い。210kmおよび250kmを超える自転車ロードレースでは4.5%、109 kmのサイクリングレースで12%、24時間のレースで3%といった発症率が報告されている。

ランニングによるEAHの発症率は明らかに競技時間の増加に伴い増加する。ハーフマラソンでは発症がないものの、フルマラソンでは平均約8%発症すると報告されている。米国で開催されるマラソンは特に発症率が高い。

ウルトラマラソンでは、ランナーは一般に過剰な水分を摂取しない傾向がある。記録が速いランナーは水分補給量が少なく、体重が減ったためそれがエルゴジェニック(パフォーマンスの向上)になることがある。100kmのウルトラマラソンでは、体重減少が大きいランナーほど記録が良いことが示されている。ウルトラマラソンランナーは、ランニング中に血漿ナトリウム濃度を自己調節することもできるようだ。EAHはウルトラマラソン中に頻繁に発生してるが、他のスポーツ分野とは異なり重大な医学的問題が発生するのはごくわずかである。

トライアスロンについてはウルトラマラソンとほぼ同じで、EAHはアスリートの約20%で検出される。アイアンマントライアスロン中に倒れたアスリートの約9%が低ナトリウム血症によるものだったとの報告がある。しかし、低ナトリウム血症が証明されたアスリートのうち治療を必要としたのは約30%のみだった。

環境温度の影響

カリフォルニアで開催された100マイルのウルトラマラソンでの研究では、EAHの発症率は環境温度と明らかに相関していた。また湿度も重要な役割を果たす可能性がある。さらに極端な寒さもEAHの発症のリスク因子と考えられる

中程度の環境温度においては、EAHは比較的まれである。例えばスイスで開催された350kmの山岳ウルトラマラソンでは、EAHの発症は8%にとどまった。温暖な気候条件でのサイクリングもEAHの発症率が非常に低く、720kmを超えるロードレース、約5000mの標高差のあるレースで、EAHは発生しなかった。

危険因子としての性差

男性より女性においてEAHはより一般的であると思われる。その理由の1つは女性の水分摂取可能性が高いことが挙げられる。生理学が異なるにもかかわらず、水分補給ガイドラインは男性と女性の両方に共通したものである。実験室条件下では実際に女性は男性よりも多くの水を飲むため、EAHを発症することが示されている。さらに、運動中の女性の保水力は男性よりも高い。しかし、ヒューストンマラソンでの検討では、女性の方が男性よりも水分摂取の傾向が低かった。女性とEAH易発症の関連は、恐らく男性に比べて体重が少ないことが原因だろう。ボストンマラソンで行われた研究では、BMIとレース時間で調整すると、見かけの性差が消失することが報告された。

競技開催地域別のEAH発症率

米国で開催されるイベントではEAHの発症率がはるかに高くなる。カリフォルニアで開催された西部州耐久レースでのEAHの発症率は約16~30%であるのに対し、スイスで開催されたウルトラマラソンでは11%を超えていない。チェコ共和国で開催された耐久イベントでは11.5%。アジアなどの世界の他の地域では、スポーツ中の低ナトリウム血症はまれ。またオーストラリアとニュージーランドでも非常に低い。

アメリカで開催されたウルトラマラソンのEAHの高い発症率の原因としては、環境温度の影響が考えられる。西部州耐久レース開催時の温度は15~32℃の間で変化する。対照的にスイスのラウフビールの平均気温は約10℃低い。気温が高いほどランナーの摂水量が多くなるため、体液が過剰になりEAHリスクが高くなる。

運動関連低ナトリウム血症の予防

EAHの予防は非常に重要であり、コーチ、アスリート、イベントスタッフに対する水分補給の実践、ナトリウムの補給、EAHの認知と治療に関する情報を提供する組織的な教育プログラムが必要だ。体液の過負荷を防ぐ最良の方法は、のどの渇きに従って飲むことである。EAHの危険性は既によく知られているにもかかわらず、EAHにより最近も死亡例が発生していることは、EAHを防ぐためのガイダンスの重要性を強調するものである。

カリフォルニア州で開催された第3回国際EAHコンセンサス会議の声明には、EAHを防ぐ戦略が記載されている。それによれば、体重の3%という軽度の脱水はパフォーマンスを低下させることなく、許容できると見なされる。のどが渇いたときに飲むという戦略は、潜在的に危険性を孕んだアドバイス「可能な限り飲む」とは対照的に、最適な水分補給のための効果的で安全な戦略である。極端な環境の場合は考慮が必要だが、トレーニング中の体重の変化に基づいた、アスリートのニーズに応じた個別の計画は、効果的な戦略かもしれない。

レース中のナトリウム摂取は、血中ナトリウム濃度の低下を緩和する可能性があるものの、水分摂取が過剰な状況でのEAH発症を防ぐことはできない。最終的な血漿ナトリウム濃度を左右するのは、運動中に摂取されるナトリウムの量ではなく、摂取される液体の量である。ナトリウム含有スポーツ飲料であっても、それが低張性であるなら、運動中に過剰に摂水するアスリートのEAHを予防しない。

文献情報

原題のタイトルは、「Exercise-Associated Hyponatremia in Endurance and Ultra-Endurance Performance - Aspects of Sex, Race Location, Ambient Temperature, Sports Discipline, and Length of Performance: A Narrative Review」。〔Medicina (Kaunas). 2019 Aug 26;55(9)〕

原文はこちら(MDPI)

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