連続246kmウルトラマラソン「スパルタスロン」中の低ナトリウム血症の発生率
マラソンより長距離を走行するウルトラマラソンの人気の高まりに伴い、これらのイベントにおける運動関連低ナトリウム血症に関する研究が行われるようになった。低ナトリウム血症は血清ナトリウム値135mmol/L未満で定義される。運動に伴う本症は通常、過剰な低張液の摂取と大量発汗によるナトリウムの喪失の結果として発生する。しかし極端なウルトラマラソンでの運動関連低ナトリウム血症の発生率を調べた研究はほとんどない。
スパルタスロンはギリシャのアテネからスパルタまでの246kmを36時間以内に走行するウルトラマラソンだ。途中には高低差960mに及ぶ山道もある。この論文は、このスパルタスロンの完走者を対象に、運動関連低ナトリウム血症の発生率を調査した報告。
毎年9月の最終週に行われるスパルタスロンの参加者を2年間にわたり調査。参加者から計164人を募集し、そのうち完走した男性ランナー63名を解析対象とした。被験者の主な特性は、年齢41.9±7.8歳、身長1.74±0.07m、体重68.1±6.6kg。レース前日と、レース終了15分以内に体重計測と採血検査を施行した。また2年目には93km地点でも29名の参加者に採血を施行した。なお、被験者のレース記録は33±3時間。
レース後の血清ナトリウム値は平均133mmol/Lだった。そして93km地点(2年目のデータ収集のみ)とレース後(両年)での低ナトリウム血症の発生率は、それぞれ23%と65%だった。完走者63名のうち9名(14%)はレース開始前にも低ナトリウム血症に該当し、この9名中8名は、低ナトリウム血症状態のままレースを終了した。
これら8名のランナーを除外した場合の運動関連低ナトリウム血症の発生率は52%となった。93km地点のデータがある29人のランナーのうち7人は、93km地点で低ナトリウム血症であり、そのうち3人の血清ナトリウム値は130mmol/Lをも下回っていた(127、124、118mmol/L)。
レース終了後には、41名の完走者が運動関連低ナトリウム血症を発症していた(血清ナトリウム値130~135mmol/L未満27名で43%、130mmol/L未満が14名で22 %)。ただし運動関連低ナトリウム血症の治療を要した被験者はいなかった。レース前からレース後までの体重の変化は-2.5±1.9 kg(-3.6±2.7%)で、血清ナトリウム値の変化は-6.6±5.6mmol/Lだった。
レース前の血清ナトリウム値はレース後の血清ナトリウム値の有意な予測因子ではなかった(β=0.08、R2=0.07、p=0.698)。一方、レース前後の体重の変化とレース後の血清ナトリウム値の間に有意な負の関連があった(β=-0.79、R2=0.29、p=0.011)。このことから、レース中の飲食物の補給は、発汗によるナトリウムの喪失を部分的に緩和すると考えられた。
本検討で観察された、65%という運動関連低ナトリウム血症発生率は著者によると、既報からみられる単一のスポーツイベントでの記録として最高値だという。スパルタスロンの過酷さが、図らずも低ナトリウム血症の発生率からも示されたことになる。
興味深い点として、63名中9名が低ナトリウム血症状態でレースをスタートしており、レースに向けた食事がナトリウム摂取不足を招いた可能性が示唆される。その一方で、完走者の65%が低ナトリウム血症に該当したことを考慮すると、恐らくこの集団には低ナトリウム血症の症状に対する耐性が存在すると考えられる。とくに2年目の93km地点で7名が既に135mmol/L以下、さらに内3名は130mmol/L以下であったのにもかかわらず、この7名全員がゴールしていることも、この推察を支持する。
著者らは本検討について、いくつかのリミテーションを挙げている。1つは食事摂取状況に関する情報が欠落していること。2つ目は、ウルトラマラソンの場合、観察された体重変化がすべて体液量の変動に起因するとは限らず、体重減少が脱水の厳密な指標とは言えないこと。さらに、被験者がレースから脱落した場合、長大なコース長やレース時間の長さのため、脱落時点で体重計測や血液採取を行うことは困難であり、解析対象が完走者のみに限られたこと。
これらの限界点にもかかわらず、65%という高い運動関連低ナトリウム血症発生率が観察されたことから、スパルタロンに類似した厳しい環境でのスポーツイベントでは、競技中の水分および食糧摂取計画の際、運動関連低ナトリウム血症のリスクを考慮する必要があると言えるだろう。
文献情報
原題のタイトルは、「Incidence of Hyponatremia During a Continuous 246-km Ultramarathon Running Race」。〔Front Nutr. 2019 Oct 11;6:161〕