緊張を乗り越えるための脳内メカニズムを解明 パフォーマンスの最大化に期待
人間がプレッシャーを抑制して成績を向上させる脳内メカニズムが報告された。緊張状態にさらされることの多いアスリートが、パフォーマンスを最大限に発揮できるようにするためのトレーニング法の開発などに応用可能という。高知工科大学と名古屋大学、情報通信研究機構、米ラトガース大学の共同研究グループの研究によるもので、「Neuroimage」誌に論文発表されるとともに、名古屋大学のサイトにニュースリリースが掲載された。
例えば人前でピアノを演奏するとき、結果を意識してしまうと緊張感やプレッシャーを感じてしまい、結局、練習時よりも上手に演奏できないということがある。反対に心を落ちつけて期待以上の結果を出せるときもある。なぜ緊張するとパフォーマンスが低下してしまうのか、また、脳はどのようにしてそのような緊張をコントロールすることができるのか、この疑問について研究グループでは、行動実験と磁気共鳴機能画像法(fMRI)により解明した。
行動実験では22名の被験者に、時計を見ずに5秒になるようストップウォッチを押すというテストを行った。実験初日には80回練習してもらい、翌日、fMRIで脳の活動を調べながら同様の実験を行った。その際、テストのたびごとに50セント(54円)から40ドル(4,400円)の賞金を提示し、4.9~5.1秒の間に収まればその賞金を手にできることとし、精神的緊張を再現した。また被験者の生理的覚醒レベルを評価するために、瞳孔の大きさを測定した(図1)。
図1 本番での実験課題
生理的覚醒とは脅威や挑戦を前にして心拍数が上昇したり呼吸が荒くなったり、手に汗をかいたり、瞳孔が大きくなったりするような反応で、多くの場合、緊張やプレッシャー、いわゆる「あがり」として意識される。
この実験から、以下のような結果が得られた。
テスト直前の瞳孔サイズは、結果的にそのテストが失敗した場合において、提示された賞金額に応じて瞳孔が大きくなったり小さくなったりしていた。その一方でテストが成功した場合では、賞金額の多寡の影響を受けにくかった。
失敗する場合は脳内の線条体、特に尾状核前部という部分の活動がみられた(図2Aの右下)。また失敗する場合、扁桃体の活動がみられた(図2Aの左下)。さらに落ち着いているとき(興奮の程度が低いとき)は腹内側前頭前野という部分の活動がみられた(図2Aの上)。成功する場合、テストをする直前から腹内側前頭前野が扁桃体を制御していることが明らかになった(図2Aの水色の矢印)。
そして、腹内側前頭前野からの扁桃体への情報伝達が強い人ほど、テストの結果が良いことがわかった(図2B)。
図2 興奮の上昇によって課題遂行寸前に変化する脳活動と、それをコントロールする脳ダイナミクス
なお、脳内の線条体の腹側部分は報酬の処理にかかわり、報酬の大きさなどの情報を処理している。扁桃体は感情の中枢と考えられている。腹内側前頭前野は恐怖感や緊張に対して心を落ち着かせるような感情制御にかかわっていると考えられている。
これら一連の研究により、パフォーマンスに影響する脳内の生理的覚醒の制御システムが明らかになった。研究グループでは、極度の緊張にさらされることが多い職業、例えば消防士や救急救命士、アスリート、演奏家などが、自身のもつ最高のパフォーマンスを発揮できるようになるためのトレーニング法の開発に応用可能としている。また人前に立つと過度の緊張のために思いどおりの能力を発揮できない不安障害の治療法の開発につながる可能性もあるという。
プレスリリース
渡邊助教らの研究グループが「緊張を乗り越える脳内メカニズム」を解明しました(高知工科大学)
緊張を乗り越える脳内メカニズムを解明(名古屋大学)
文献情報
論文のタイトルは「Ventromedial prefrontal cortex contributes to performance success by controlling reward-driven arousal representation in amygdala」。〔Neuroimage. 2019 Nov 15;202:116136〕