国保のメタボ健診は費用対効果が高い 2008年以前と比べ生活習慣病を抑制し医療費を削減
自営業者や無職の人が加入している国民健康保険制度でのメタボ健診が、生活習慣病の診断の減少、住民の健康的な行動の増加、医療費の削減につながっていることを示すデータが報告された。早稲田大学教育・総合科学学術院の及川雅斗氏らの研究結果であり、論文が「Journal of Health Economics」に掲載された。
国民健康保険制度でのメタボ健診の有効性を推測する研究
日本では2008年に、メタボリックシンドロームのリスクを早期発見し予防介入することを主眼とした、特定健診・特定保健指導(メタボ健診)がスタートした。このメタボ健診によって健診コストは増大するものの、将来的には心血管代謝疾患や腎疾患等の増加が抑制され、それに伴い医療費の上昇も緩和されると期待されていた。既にその効果を示唆するデータも報告されているが、一方でそれを否定する報告もあり、メタボ健診のような予防的介入に力点を置いた国家的な健診制度の有効性は、未だコンセンサスが得られていない。
海外において、このような健診制度の有効性を検討する際の一つのハードルとして、自営業者や無職の人への健診コストと疾患抑制効果を把握するためのデータの入手が困難であることが挙げられる。これに対して日本は国民皆保険制度により、被雇用者は社会保険、自営業者や無職の人は国民健康保険と住み分けられていることから、両者を区別したデータを比較的容易に入手可能。それにもかかわらず従来、メタボ健診の有効性は主として社会保険加入者のデータを利用して検証されてきている。
以上を背景として及川氏らは、国民健康保険加入者におけるメタボ健診の有効性を検討した。解析のための資料として、国民健康・栄養調査、国民生活基礎調査、社会医療診療行為別統計などのデータを用いた。
解析対象者と解析対象自治体について
この研究ではまず、解析対象を国民健康保険に加入している40~59歳の成人とした。年齢範囲の下限はメタボ健診の対象となる年齢に基づき設定した。一方、メタボ健診の年齢の上限は64歳だが、以下の理由により本研究では59歳を上限とした。即ち、現在の企業従業員の定年は60歳であるものの本人が希望する場合は65歳まで雇用機会を提供する義務があるところ、60~64歳の間に国民健康保険に加入した人の中には、健康状態が不良のために退職した人が含まれると考えられ、それによる医療費等の解析結果に影響が生じる潜在的な可能性があるため。
解析対象の自治体は、以下の3条件を満たす自治体に絞り込んだ。(1)比較的人口が多いこと(人口規模が小さい自治体では、住民が周辺の他の自治体にある医療機関を受診することが多いことから、発生した医療費の把握精度が低下するため)、(2)2008年以前の住民1人あたりの公衆衛生コストの変動が少ないこと(メタボ健診開始以外の因子による影響が大きくなると予想されるため)、および、(3)2008年以前の住民1人あたりの健診コストが全体の下位50パーセンタイル(pt)以下に該当すること(メタボ健診開始に伴う健診コスト増大の費用対効果の検証を目的とするため)。
現在、国内の自治体の総数は1,741だが、上記の3条件を満たす366の自治体を解析対象とした。
2008年以前の健診コストが下位25pt以下と、25~50ptの自治体を比較
解析対象者の平均年齢は50.62歳、女性53%、配偶者ありが67%で、71%が持ち家に居住していた。疾患罹患状況は、メタボ健診が焦点を当てている疾患(肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症、脳血管疾患、心血管疾患)のいずれかが1種類を診断されている割合が13%、複数の疾患を診断されている割合は3%であり、1人あたりの疾患該当数は0.16だった。
メタボ健診の有効性の検討は、解析対象とした自治体を、2008年以前の住民1人あたりの健診コストが全体の下位25pt以下の自治体と、25~50ptの自治体の2群に分け、差分の差に基づき効果量を推定するという統計学的な手法(dosing difference-in-differences;dosing-DID)を用いた。
前者の群は2008年以前の1人あたり健診コストが2,422.1円、2008年以降は4,488.7円で、メタボ健診により85.3%上昇していた。後者の群は同順に2,939.1円、4,454.6円で51.6%の上昇であり、メタボ健診開始後のコストはほぼ同額だった。なお、この両群間で、人口規模には有意差が認められたが、住民の年齢分布、人口あたりの医療機関の件数・病床数、財政力指数などには有意差がなかった。解析に際しては人口規模を統計学的に調整した。
メタボ健診導入後に生活習慣病の新規診断が減少し、住民の健康的な行動が増加
解析の結果、メタボ健診開始により健診コストが大きく上昇した自治体において、新たに生活習慣病と診断される患者が有意に減少したことが示された。具体的には、開始8年後の2016年に診断件数が28.9%減少し、とくに2種類以上の生活習慣病の併存の診断は42.6%減少していた。また、喫煙者の禁煙、1日に8,000歩以上歩く習慣のある人の割合は有意に上昇し、飲酒者の飲酒量が有意に減少していた。ただし、サブグループ解析からは、自営業の人と自宅が持ち家の人では、メタボ健診開始後に健康状態の有意な改善が認められたのに対して、無職の人と自宅が賃貸の人では、有意な改善が認められなかった。
このほか、メタボ健診の費用対効果の試算も行われた。その結果、メタボ健診導入による生活習慣病関連の外来医療費の抑制額は、メタボ健診導入で増大した健診コストの約9倍に当たると推計された。
著者らは本研究について、健診受診の自己負担額の差異を考慮していないことを含め、いくつかの限界点を挙げ、「他の手法による検討も必要」としたうえで、「簡易な手法による推計の結果ではあるが、国民健康保険でのメタボ健診は費用対効果の高い健診ではないか」と総括している。
文献情報
原題のタイトルは、「Impacts of health checkup programs standardization on working-age self-employed and unemployed: Insights from Japan’s local government response to national policy」。〔J Health Econ. 2025 Aug 8:103:103046〕
原文はこちら(Elsevier)