手動式自転車のパラアスリートでは運動中の連続血糖モニタリングの測定誤差が拡大する
パラサイクリストの血糖変動を連続血糖測定により14日間にわたり評価した研究結果が報告された。高血糖はすべて食後と運動中に観察され、低血糖は夜間のみに発生していて、とくに脊髄損傷のパラサイクリストで多く観察されたという。また、ハンドバイカーアスリート(手動式自転車の選手)では、測定センサーを活動性の高い筋肉の近傍に留置した場合、測定精度が低下することが明らかにされている。
脊損のあるパラアスリートこそ、連続血糖測定の有用性が高い
運動中に炭水化物がエネルギー基質として利用されることで血糖値は通常、低下傾向を示す。血糖値が低血糖レベルまでに下がると、パフォーマンスが低下することが報告されている。反対に高血糖も競技中の意思決定に負の影響を及ぼし、また炭水化物の酸化を促進しグリコーゲンの消費を増やしてスタミナ切れにつながる可能性も報告されている。このような競技中の血糖変動だけでなく、アスリートはトレーニング負荷により夜間に低血糖が生じやすく、それにより睡眠の質の低下を介して、回復の遅延、怪我のリスク増大、パフォーマンス低下につながることも指摘されている。
近年、連続血糖測定器(continuous glucose monitoring;CGM)が普及したことで、健常アスリートにおける血糖変動に関する知見が増えてきている。それに対してパラアスリートの血糖変動に関する研究は非常に少ない。しかし、パラアスリートのうちとくに脊髄損傷などによって自律神経機能に障害があるケースでは、血糖恒常性維持機能が損なわれている可能性が高く、運動中の血糖変動を知り得ることのメリットが、健常アスリートよりも大きいと考えられる。
これらを背景として今回紹介する論文の著者らは、自転車競技のパラアスリート(パラサイクリスト)を対象とするCGMを用いた研究を行った。
パリで12個のメダルを獲得した13人の集団で解析
研究に参加したアスリートは、オランダ王立自転車連盟を通じて募集された16名のパラサイクリスト。後述するように3名は解析対象から除外され、13名のデータが解析されたが、そのうち9名は2024年のパリパラリンピックに参加し、計12個のメダル(金6、銀と銅が各3)を獲得し、また8名は2024年のカテゴリー別世界ランキングで上位5位以内に入っているという集団であり、トップパラアスリートでの検討と言える。
研究期間は10~14日間で、このうち以下の3パターンの検討がそれぞれ3日にわたって行われた。一つ目のパターンは通常のトレーニング日であり、二つ目のパターンは休息日、そして三つ目のパターンは、前夜から一晩絶食してもらい空腹状態でトレーニングをするというもの。トレーニング日には9~11時の間に連続70分の規定化されたトレーニングをしてもらった。
このほかに、研究期間中は食事記録をとってもらい、栄養素摂取量を分析した。また、指先穿刺での毛細血管血糖測定をトレーニング前・中・後に計8回行い、CGMの測定値との乖離を検討した。なお、論文中には記載がないが、糖代謝異常を有する参加者は含まれていないようである。
解析対象者の特徴
16名のうち2名は連続血糖測定器(CGM)のセンサーの接続に問題があり十分なデータがとれず、1名はCGMの装着時間が不足していたため解析から除外された。残り13名のうち8名は脊髄損傷または四肢欠損のあるハンドバイカーであり手動式自転車競技に参加し、他の5名は視覚障害、脳性麻痺などのパラサイクリストであり(視覚障害パラアスリートのパイロットである健常者1名を含む)、タンデム、トラック、ロードに参加していた。
日常の平均トレーニング時間は120±26分/日であり、運動負荷中の心拍数は137±11bpm。研究期間中に計測された摂取エネルギー量は中央値2,768(2,354~3,784kcal/日)、炭水化物摂取量は373±130g/日、タンパク質は143(109~151)g/日、脂質は96(84~125)g/日だった。
CGMで把握された血糖変動と、毛細血管値との乖離
脊損のあるパラサイクリストに夜間低血糖が多く観察される
対象の24時間の平均血糖値は中央値102.6mg/dLであり、時間帯別では昼間が106.2mg/dL、夜間は88.2mg/dLであって、夜間が有意に低かった(p=0.0012)。全体として91%の時間は正常範囲(70~140mg/dL)にあり、夜間(97%)のほうが昼間(90%)よりも正常範囲にある時間の割合が高かった(p=0.046)。これは、夜間に比べて昼間は高血糖である時間が多いことに起因していた。ただし、180mg/dL以上の高血糖(以下、重度高血糖)の時間は0.2%とまれであり、夜間にこのレベルの高血糖状態が記録された参加者はいなかった。
一方、70mg/dL未満の低血糖は2.1%の時間帯でみとめられ、昼間(1.4%)よりも夜間(3.2%)に多く発生していた(p=0.001)。脊髄損傷のアスリートは夜間低血糖の時間の割合が8.2%と高く、そのうち3.1%では52mg/dL未満の低血糖(以下、重度低血糖)が生じていた。また、脊髄損傷アスリートのうちの1名は、夜間の46%を低血糖で過ごし、9.6%を重度低血糖で過ごしていた。
トレーニング中の血糖値は平均113.4mg/dLで、12.7%の時間帯が高血糖状態であり、重度高血糖の時間の割合は中央値0.7%だった。トレーニング中の低血糖の割合は0.2%であり、重度低血糖は観察されなかった。
ハンドバイカーはトレーニング中の指先採血値とCGMの乖離が大きい
次に、指先採血により測定された毛細血管での血糖値との乖離が検討された。
指先穿刺での全測定値の平均は99.0±16.8mg/dLであり、その測定時間に対応するCGMの値の平均は100.8±21.6mg/dLであって、同レベルだった(p=0.484、平均絶対相対差〈mean absolute relative differences;MARD=12±6%〉)。
ただし、一晩絶食後にトレーニングを行った場合の血糖値は、指先採血値が86.4±18.0mg/dLであるのに対して、CGMでは113.4±23.4mg/dLであり、後者が有意に高かった(p<0.001、MARD=34±12%)。さらに、指先採血値は60分間のトレーニング中、比較的安定していたが、CGMの値は経時的に上昇し乖離が拡大した。
とくにハンドバイカーのトレーニング中のMARDは41±9%であり、他のパラサイクリストの24±11%に比較して、乖離がより大きかった(p=0.01)。この点に関して著者らは、「ハンドバイカーは他のサイクリストに比べて上腕の筋肉がトレーニング中により活発に働くことは明らかであり、それによるグルコースフラック(局所における糖の流れ)や間質液のpHへの影響が大きくなり、CGMによる測定誤差が拡大するのではないか」と述べられている。
論文の結論には、「脊髄損傷のあるパラアスリートでは、夜間の低血糖がほぼ例外なく認められ、注意を要する。CGMの精度は安静時には満足できるものだが、運動中は毛細血管血糖値との食い違いが生じ、とくにハンドバイカーでCGMセンサーが、激しく使用される筋肉の近くに留置されている場合に乖離が大きくなり、CGM測定結果の解釈に留意すべきことが強調される」と記されている。
文献情報
原題のタイトルは、「Continuous glucose monitoring in para cyclists: An observational study」。〔Eur J Sport Sci. 2024 Nov 25〕
原文はこちら(John Wiley & Sons)