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睡眠薬(オレキシン)が睡眠中のエネルギー消費を調整 脂肪酸化を増加させタンパク質異化を抑制する

不眠症治療薬として用いられているオレキシン受容体拮抗薬が、エネルギー代謝に関して、脂肪酸化やタンパク質分解によりエネルギー消費を調節し得ることが明らかにされた。筑波大学の研究グループの研究によるもので、論文が「iScience」に掲載されるとともに、同大学のサイトにプレスリリースが掲載された。

研究の概要:オレキシンの代謝への影響をクロスオーバー法で検討

神経ペプチドの一つであるオレキシン※1は、覚醒と代謝を調節する役割を担っている。オレキシンは、摂食行動と覚醒状態の調節に重要な役割を果たす神経ペプチドであり、覚醒中のエネルギー消費(代謝調節)にも関与している。しかし、ヒトのエネルギー代謝調節におけるオレキシンの役割はよくわかっていなかった。一方で近年、オレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント)が不眠症治療薬として臨床的に用いられるようになり、ヒトでもオレキシンの生理機能が研究できるようになってきた。そこで本研究では、オレキシンが睡眠中および覚醒直後のエネルギー代謝に及ぼす影響について調べた。

健康な若年男性14名を対象とした無作為化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験を実施し、スボレキサント(20mg)を服用後、エネルギー代謝測定室(ヒューマンカロリメータ)※2において、睡眠中のエネルギー代謝と脳波を測定した結果、総睡眠時間に有意な変化はみられなかったが、レム睡眠の増加とノンレム睡眠ステージ1の減少が観察された。また、スボレキサント服用条件では睡眠中の脂肪酸化が増大し、この効果は翌朝の覚醒後1時間にわたって持続していた。さらに、スボレキサント服用条件では、総エネルギー消費に変化はなかったが、タンパク質分解が減少した。

以上より、オレキシンが、睡眠中の脂肪酸化やタンパク質分解の制御によりエネルギー消費を調節している可能性が示唆された。本研究成果は、睡眠とエネルギー代謝の調節機構の理解を深化させるものであり、将来的にはオレキシン受容体拮抗薬の応用範囲の拡大につながると期待される。

※1 オレキシン(orexin):視床下部外側野のニューロンが産生する神経ペプチドの一つで、睡眠覚醒、摂食、エネルギー代謝などを制御する。後天的なオレキシン神経の脱落により、睡眠障害であるナルコレプシーが発症することが知られている。
※2 間接熱量測定室(ヒューマンカロリーメータ):呼気採取のためのマスクを装着せずに密閉された部屋で過ごし、その間の部屋全体の酸素濃度と二酸化炭素濃度の変化から、被験者の活動に伴う酸素摂取量や二酸化炭素産生量を測定する施設。これらの測定値から、エネルギー消費量や体内で燃焼している基質の種類(脂肪や炭水化物)を求める。

研究の背景:オレキシンのエネルギー代謝への影響は直接的なものか間接的なものか?

オレキシンは、摂食行動と睡眠/覚醒状態の調節に関与する重要な神経ペプチドであり、その役割は食欲促進から覚醒維持まで多岐にわたることが、おもに動物試験により認められてきた。オレキシン受容体には、オレキシン1受容体とオレキシン2受容体という二つのサブタイプがあり、オレキシン2受容体の活性化は覚醒を安定させるのに必要であり、オレキシン1受容体とオレキシン2受容体の両方が活性化されると睡眠、特にレム睡眠※3が阻害されることがわかっている。また、オレキシンはエネルギー代謝の調節にも重要な役割を果たすことが知られている。しかし、動物実験においては、オレキシンを産生する神経細胞の作用がエネルギー代謝に直接的に影響したのか、それとも動物の覚醒亢進により探索行動が促された結果、エネルギー消費が変化したのか結論付けることは難しく、課題として残っている。

一方、2014年にオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント)が不眠症治療薬として承認されて以来、日本では最も臨床応用される睡眠導入薬となった。そこで本研究では、スボレキサントがヒトの睡眠中および覚醒直後のエネルギー代謝に及ぼす影響を調べた。

※3 レム睡眠(REM, Rapid Eyes Movement sleep):睡眠の段階は脳波と筋電図の測定に基づいて、レム(速い眼球運動を伴う)睡眠とノンレム睡眠に大別される。レム睡眠中は夢を見ることが知られているほか、脳の発達、記憶の固定や学習に関わると考えられている。

研究内容と成果:エネルギー消費や炭水化物酸化には影響せず、タンパク質異化を抑制

まず、スボレキサントのエネルギー代謝に及ぼす影響を明らかにするため、無作為化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験を実施した。睡眠に問題のない健康な若年男性14名を対象に、就寝10分前にスボレキサント(20mg)またはプラセボを経口服用し、間接熱量測定室(ヒューマンカロリメータ)において、睡眠中のエネルギー代謝と睡眠脳波を同時に測定した(図1)。

図1 本研究で用いたいた実験測定機器

本研究で用いたいた実験測定機器

エネルギー代謝測定にはヒューマンカロリメータを使用した(左)。カロリメータには、寝床、机、トイレなどが設置されており、換気は1分間に70〜200L、温度は25度、湿度は50%に保たれている。得られた酸素摂取量と二酸化炭素産生量から、エネルギー消費量、炭水化物酸化量、脂肪酸化量や呼吸商を算出するとともに、尿中窒素量からタンパク質分解量を測定した。睡眠脳波測定には睡眠ポリグラフ※4を使用し(右)、米国睡眠医学アカデミーが定めた標準基準に従い、脳の前頭部、中央部、後頭部の脳波を測定した。基準電極は耳の後ろに装着し、睡眠段階は30秒ごとに睡眠専門家が目視により評価した。
※4 睡眠ポリグラフ(polysomnography):睡眠の状態(深さや持続時間など)や睡眠中の身体機能(呼吸や循環、体の動きなど)を測定する目的で、睡眠時に脳波、筋電図、眼球運動、呼吸、心電図などを同時に記録する調査。睡眠時無呼吸症候群をはじめとする睡眠障害、睡眠リズム異常、睡眠時行動異常、いびき、てんかんなどの検出に有用である。
(出典:筑波大学)

その結果、以下の4点が明らかになった。

  1. 睡眠ステージ構築の変化:スボレキサントはレム睡眠を増加させ、ノンレム睡眠※5ステージ1を減少させた。
  2. 脂肪酸化の増加:スボレキサントは睡眠中の脂肪酸化を有意に増加させ、その効果は翌朝の覚醒後1時間にわたって持続した。
  3. タンパク質分解の抑制:スボレキサントは総エネルギー消費量や炭水化物酸化量には影響を与えなかったが、タンパク質分解を有意に抑制した(図2)。
  4. 睡眠中の中途覚醒時にエネルギー消費が上昇する機序として、オレキシンの関与が示唆された。

以上より、オレキシンが脂肪酸化やタンパク質分解の調節を通じて、エネルギー代謝に関与していることが明らかになった。

※5 ノンレム睡眠:ヒトでは、全睡眠時間のうちノンレム睡眠が8割(レム睡眠が2割程度)ほど占めている。また、入眠直後はノンレム睡眠が多く明け方に近づくにつれてレム睡眠が多くなる。ノンレム睡眠は睡眠の深さ(脳波の活動パターン)によってステージ1〜3(浅い→深い)の3段階に分けられる。

図2 実験結果の概要

本研究で用いたいた実験測定機器

睡眠直前にスボレキサントを服用した後、エネルギー代謝や睡眠脳波を測定した。その結果、スボレキサントはレム(REM)睡眠を増加させ、ノンレム睡眠(NREM)ステージ1を減少させた(中上:睡眠構築の変化)。また、スボレキサントは睡眠中の脂肪酸化を有意に増加させ(左下:脂肪酸化)、タンパク質分解を抑制した(右下:タンパク質分解)。
(出典:筑波大学)

今後の展開:慢性効果などの検討が進行中

本研究成果は、睡眠医療において、睡眠薬の選択によってエネルギー代謝にも影響が及ぼし得るという新しい視点を提供するもの。研究グループでは、「本研究で用いたスボレキサントは2種類のオレキシン受容体の両方の働きを抑制する薬だが、今後、それぞれのオレキシン受容体を特異的に抑制あるいは活性化する薬を用いて研究を進め、オレキシン神経伝達がエネルギー代謝に及ぼす作用機序をさらに解明していく予定。また、今回の検討は、スボレキサントによる睡眠とエネルギー代謝に及ぼす急性効果をみたものだが、慢性的な効果についても検討が必要であり、その一環として、オレキシンを産生する神経細胞が脱落しているナルコレプシー患者のエネルギー代謝について、現在、検討を進めている」としている。

プレスリリース

オレキシンがヒトの睡眠中にエネルギー消費を調節する役割を発見(筑波大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Orexin receptor antagonist increases fat oxidation and suppresses protein catabolism during sleep in humans」。〔iScience. 2024 Jun 6;27(7):110212〕
原文はこちら(Elsevier)

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