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「ゆっくりよく噛んで食べる」はなぜ良いのか? 咀嚼の重要性を裏付ける研究 早稲田大学

野菜を「噛む」ことで、食後のインスリン分泌およびインスリン分泌を促すホルモンであるインクレチン分泌が刺激されることが確認された。早稲田大学スポーツ科学学術院とキユーピー株式会社の研究グループの研究によるもので、「Scientific Reports」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイトにニュースリリースが掲載された。

「ゆっくりよく噛んで食べる」はなぜ良いのか? 咀嚼の重要性を裏付ける研究 早稲田大学

研究の概要:噛むとインクレチンが食後初期に分泌される

ゆっくりとよく噛んで食べることによる食後の代謝応答への影響は知られているが、これまで同じエネルギー量の食品を用いた咀嚼の有無による影響は検討されていなかった。研究グループでは、野菜(キャベツ)を「咀嚼して食べるとき」と「咀嚼せずに食べるとき」の食後における代謝への影響を調べたところ、噛むことで食後の血糖値を下げるホルモンであるインスリン※1がしっかりと分泌され、その作用機序の一つとしてインスリンの分泌を促す作用を持つホルモンであるインクレチン※2の分泌が食後の初期段階で刺激されることを発見した。本研究により、野菜を「噛んで食べる」という咀嚼の重要性が、食後の代謝の視点から裏付けられた(図1)。

※1 インスリン:糖を下げる働きをもつ膵臓のβ細胞で作られるホルモン。
※2 インクレチン:食事を摂ると腸管から分泌されるホルモンの総称で、インスリンの分泌を促進する働きがある。代表的なインクレチンとして、GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ホルモン)とGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)があり、前者は主に小腸上部のK細胞、後者は主に小腸下部のL細胞より分泌される。

図1 研究の概要

研究の概要

(出典:早稲田大学)

研究の内容

これまでの研究でわかっていたこと:食後高血糖とインクレチン、インスリンの関係

食事を摂ると血糖値が上昇する。健康な人の場合は、血糖値を下げる働きをするインスリンが分泌され、体内に糖質を取り込むため血糖値は下がる。ところが、食後のインスリン分泌が少ない場合や働きが不十分だと、血糖値が高いままの状態である「食後高血糖」を引き起こす。食後の血糖値が高い状態が続くことは糖尿病予備群の可能性があり、さらに動脈硬化の危険因子となるため注意が必要。そこで、これまで食後の血糖値上昇を抑える食品や食事法に関する研究が数多く行われてきた。その一つが「咀嚼、噛むこと」。

咀嚼は消化の最初のプロセスであり、固形物を粉砕し唾液の分泌を促す。さらにエネルギー吸収に関与し、十分な咀嚼は空腹感を抑えることが報告されている。健康な成人を対象とした研究では、食事の前にガムを噛む、または食事中の咀嚼回数を増やすことにより、食後の血中グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1;GLP-1)や、グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(glucose-dependent insulinotropic peptide;GIP)などのインクレチンの分泌が促進され、早期のインスリンの分泌が促されることで、食後血糖値の上昇が抑えられることが明らかとなっている。

研究の目的と結果:噛むことがインクレチン、インスリンの分泌を促す

食事の初めに野菜を摂取する、いわゆる「ベジタブルファースト」の食事法は、食後血糖値の上昇を抑える働きがあることが報告されている。これは、野菜に多く含まれる食物繊維が関係していると考えられる。また、野菜の形状の違い(固形または液状)によって食後血糖値に及ぼす影響は異なることが報告されている。しかしながら、野菜を咀嚼して摂ることが食後血糖値とインスリンやインクレチンなどのホルモンの分泌に及ぼす影響は不明だった。

そこで本研究では、食前に固形の野菜を咀嚼して摂取することが食後の糖代謝に及ぼす影響について検証した。その結果、食前に固形の野菜を咀嚼して摂取することは、食後のインスリンおよびインクレチンの分泌を促進することが明らかになった。

研究の方法:健康な若年男性対象の交差試験で検証

19人の健康な成人男性(平均22歳)を対象として、野菜を噛んで食べる「咀嚼条件」(千切りキャベツ+ゼリー飲料※3)と、野菜を噛まずに食べる「非咀嚼条件」(キャベツ粉砕物+ゼリー飲料)のそれぞれ2条件に参加する交差試験※4を行った(図2)。食べ始めを0分として、0分、15分、30分、45分、60分、90分、120分、180分後に、それぞれの条件で採血し、血糖値および、血糖変動メカニズムの指標として、インスリン、インクレチン(GIP、GLP-1)の血中濃度を調べた。

※3 ゼリー飲料:血糖値を上昇させ、噛まずに摂取できる食品として体重1㎏あたり5.5gを摂取した(100g中に含まれる炭水化物25g、脂質0g、たんぱく質0g、エネルギー量約100kcal)。
※4 交差試験:複数の試行が存在する場合、個体要因を排除するために、全対象者が各条件間に休息期間(ウォッシュアウト期間)を設けながら、すべての条件に参加する方法のこと。

図2 本研究のプロトコル図

本研究のプロトコル図

(出典:早稲田大学)

結果は次のとおり。

試験全体(180分)におけるインスリンおよびGIPの上昇曲線下面積※5が咀嚼条件で高値を示すことが確認された(図3B、D)。一方、血糖値には明らかな差は確認されなかった(図3A)。

消化吸収速度で血中の応答が変わってくるGLP-1は、胃内容物排出※6の遅延を介した食後の血糖値の上昇を抑制する作用を有するため、GLP-1の血中の経時変化による解析を行い比較したところ、咀嚼条件で食事開始45分から90分の時間帯で高値を示すことが確認された(図4)。一方、試験全体(180分)におけるGLP-1の上昇曲線下面積(図3C)では明らかな差は確認されなかった。

※5 上昇曲線下面積:時間経過に伴う増加量(空腹時や初期値を0とした場合)の面積のこと。
※6 胃内容物排出:摂取したもの(食事や飲料)が胃から小腸に移行されること。

図3 血糖およびホルモンの上昇曲線下面積

血糖およびホルモンの上昇曲線下面積

*:条件間で統計学的な有意な差が認められた。
(出典:早稲田大学)

図4 GLP-1の経時変化

GLP-1の経時変化

*:条件間で統計学的な有意な差が認められた。
(出典:早稲田大学)

研究の波及効果や社会的影響:意識して「噛む」ことの啓発を

野菜を「噛んで食べること」でインスリンの分泌が刺激される可能性を示唆する本研究の結果は、大変意義深い。国が推進する食育推進基本計画※7では、「食育の推進に当たっての目標」の一つに、「ゆっくりよく噛んで食べる国民を増やす」ことが掲げられ、国民が生涯を通じ心身の健康を支える食育の推進の視点として「噛む」ことを推奨している。しかしながら最近は、固い食べ物は敬遠され、やわらかい食品が好まれる傾向にあり、意識して「噛む」ことが求められているため、普段の生活の中の実践が期待される。

※7 食育推進基本計画:食育基本法に基づき、食育の推進に関する基本的な方針や目標について定める「第4次食育推進基本計画」。

今後の課題:ふつうの食事での検証も必要

本研究では、野菜(キャベツ)を「咀嚼して食べるとき」と「咀嚼せずに食べるとき」の「咀嚼」に着目し、その代謝への影響を検討したかったため、用いたその他の食品として咀嚼せずに摂取できるゼリー飲料を用いた。食後のインスリンおよびインクレチン分泌が促進されたにもかかわらず、食後血糖値は条件間で差が認められなかったのは、試験食が一般的な食事とは異なるゼリー飲料であったことが理由の一つとして考えられる。

インスリンの分泌には、食事をして血糖値が上がることによって出るインスリンとインクレチンによって出るインスリンがある。本研究において、野菜(キャベツ)を「咀嚼して食べる」ことが、どちらに作用、あるいは両方に作用したか不明だが、魚や肉に含まれる脂肪酸がインクレチン分泌を促すことが知られているので、今後、野菜と一般的な食事とを組み合わせ、「ゆっくりとよく噛んで食べる」ことで、本研究と同様に食後にインスリンやインクレチンの分泌が促進し、食後の血糖値の上昇を抑えられるかを、幅広い年代や性別で調査する必要がある。

出典

野菜を「噛む」ことが血糖値変動のメカニズムに影響―咀嚼が食後のインスリン分泌を促すことを確認―(早稲田大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Effect of vegetable consumption with chewing on postprandial glucose metabolism in healthy young men: a randomised controlled study」。〔Sci Rep. 2024 Mar 30;14(1):7557〕
原文はこちら(Springer Nature)

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