月経周期はなぜ食欲に影響するのか? プロテオミクス解析の結果は、腸内環境と免疫の関与を示唆
女性アスリートの三主徴(トライアド)のリスクの一因でもある、月経周期に伴う食欲の変動がなぜ生じるのか、その根本的なメカニズムの解明に迫る研究結果が報告された。プロテオミクス解析によって、食欲関連ホルモンであるペプチドYY、および免疫グロブリンMの関与が浮かび上がり、それら両者と密接なかかわりのある腸内細菌叢の重要性が示唆されるという。東京工業大学生命理工学院の林宣宏氏らのパイロット研究によるもので、「Scientific Reports」に論文が掲載された。
月経に伴う食欲低下とトライアド
女性アスリートの三主徴(トライアド〈female athlete triad;FAT〉)と呼ばれる、エネルギー不足、無月経、骨粗鬆症という三つの状態は、互いに影響を及ぼし合い健康状態をより悪化させることが知られている。近年ではそれら三つの中で、とくにエネルギー不足がすべてのベースにあると理解されるようになり、女性アスリートのエネルギー不足に対する注意喚起が行われるようになってきた。
女性アスリートが男性アスリートに比べてエネルギー不足に陥りやすい原因の一つとして、月経周期に伴う食欲の変化が挙げられる。月経周期に伴いなぜ食欲が変化するのかという点については、これまでのところ、エストラジオールやプロゲステロンという女性ホルモンの分泌が月経周期によって大きく変動するからといった解説がなされてきている。また、食欲関連ホルモンの分泌が、運動負荷と月経周期の双方の影響を受けて変化することも知られている。
ただ、これらの先行研究は主として、既に関連が示唆されている食欲関連因子と女性アスリートの食欲について検討するという手法で行われている。また、それらの研究の結果は必ずしも一貫性が十分でない。つまり、女性アスリートの月経周期に伴い食欲が変化する根本的な理由は、未だ十分明らかにされていない。
林氏らは以上を背景として、食欲の変化にはまだ報告されていない因子も関与している可能性を想定。特定のマーカーに絞り込んで検討するという従来の手法ではなく、ターゲットを特定しない包括的なアプローチによって、女性アスリートの食欲の変化に関連する因子の検出を試みた。このため、タンパク質の機能を網羅的に解析する、プロテオミクスという研究手法を用いた。
女子ソフトボール選手を対象に、卵胞期と黄体期に運動負荷試験を実施
研究の対象は、ソフトボール部に所属している15人の女子学生。除外基準として、喫煙者、疾患罹患者、経口避妊薬やサプリメント使用者、何らかの特別な食事療法を行っている選手、妊娠中などが設定されていた。研究参加後に月経不順(周期が25~38日を逸脱)と判定された選手、および試合参加のために離脱した選手、計5人が除外された。残り10人は年齢が20.6±0.7歳で、BMIは卵胞期(月経1~5日)が23.6±2.9、黄体期(月経の3~7日前)は23.5±2.7だった。
前夜から10時間以上の絶食後、カルボーネン法による70%強度で自転車エルゴメーターを用いた運動負荷を60分間実施。その前後および負荷終了60分、105分、150分後に血液を採取した。
食欲の評価には100mmのビジュアルアナログスケール(VAS)を用い、採血と同じタイミングで評価した。実際の食事摂取量については、試験前日から翌日にかけての3日間の食事記録を基に管理栄養士が推計した。
上記の試験を卵胞期と黄体期に実施。条件の標準化のため、卵胞期のエストラジオールが50pg/mL未満、プロゲステロンが0.5ng/mL未満の5人を最終的な解析対象とし、タンパク質の解析スポット数は合計511となった(14スポットは溶血関連タンパク質と判断され解析から除外)。
ペプチドYY濃度が運動負荷に伴うIgMの変動に影響
卵胞期と黄体期を比較する解析により、黄体期にはハプトグロビンと補体C3の有意な低下が観察された。ただしこれらの変化は、食欲関連因子との相関が認められなかった。
次に、月経周期と食欲との関連の根底にあるメカニズムを探索するため、膨大なデータの中から前提条件を設定することなく、何らかの関連性のある情報を抽出する「教師なし学習(unsupervised learning)」という機械学習を実施。その結果、食欲抑制ホルモンとされているペプチドYYの濃度が、運動負荷により誘発される血清タンパク質の変動に有意な影響を与えていることが明らかになった。
続いて行った回帰分析からは、ペプチドYYと血清免疫グロブリンM(IgM)との間に有意な相関が示された(R=0.87)。しかし、分子レベルでの直接的な分子間相互作用は確認されなかったので、何らかの分子や生化学反応を介しての間接的な相互作用の存在が示唆された。なお、IgMは月経周期による有意な変化がなく安定していた。また、食欲刺激ホルモンとされるグレリンや、エストラジオール、プロゲステロン、および主観的満腹感は、IgMとの有意な相関を示さなかった。
腸内細菌叢が介入のターゲットか?
ペプチドYYとIgMが相関はするものの分子レベルでの直接的な相互作用がみられなかったことから、この関連に影響を及ぼし得る別の可能性が、先行研究に基づく考察として論文中に述べられている。それによると、腸管粘膜から分泌されるIgMは腸内細菌の中のファーミクテス属と強く反応し、そのファーミクテス属は他の腸内細菌よりも短鎖脂肪酸の産生能が高く、短鎖脂肪酸は腸内細菌叢のバランスを整えるだけでなく、ペプチドYYの分泌を亢進させる可能性があるという。さらにIgMが、食欲刺激ホルモンとされるα-メラノサイト刺激ホルモン(α-MSH)に対する自己抗体として働くとする仮説も提唱されているとのことだ。著者らは、今回の研究ではα-MSHは測定されていないが、ペプチドYYとα-MSHが同時に変動していた可能性もあると記している。
以上の結果と考察を基に、論文の結論は「エネルギー摂取、体重増加、免疫系に対する腸内細菌叢の影響の大きさを考慮すると、腸内細菌叢のバランスを維持することが、女性アスリートのトライアドの予防に重要な役割を果たす可能性がある。その際、腸内細菌叢との強い関連性で知られるペプチドYYとIgMが、女性アスリートの全身状態をモニタリングするための新たな指標になり得るのではないか。」と総括されている。
なお、今回の研究の限界点として、限られたサンプルサイズでのパイロット研究であること、とくに摂食障害のある女性アスリートを解析対象に含めなかったことなどを挙げ、より大きなサンプルサイズでの検討の必要性を強調している。
文献情報
原題のタイトルは、「Proteomics of appetite-regulating system influenced by menstrual cycle and intensive exercise in female athletes: a pilot study」。〔Sci Rep. 2024 Mar 21;14(1):6798〕
原文はこちら(Springer Nature)