レスリング試合前の急速な減量の実態 U-23世界選手権の出場選手を調査
エリートレベルのレスリング選手の試合前の急速な減量戦略(RWL)に関する調査結果が報告された。7割の選手がRWLを行っており、減量幅は平均3.8kgだという。また、RWL戦略の実施において、最も影響力のあるサポートスタッフはコーチであり、最も影響力の乏しいサポートスタッフは、栄養士とのことだ。
急速な減量(RWL)による死亡例や5歳児にRWLが行われていた報告も
レスリングは古代オリンピックから続いている世界最古の格闘技の一つと言われている。他の格闘技と同様に、多くのアスリートは除脂肪体重を増やし、体脂肪量を増やそうとする傾向があり、また、できるだけ体重の軽いクラスで勝負することを望むことが多い。
試合前の急速な減量(rapid weight loss;RWL)は、体重別階級のある競技アスリートの多くが行っているが、さまざまな障害のリスクを高める可能性が指摘されている。文献的には、腎機能障害、筋損傷、抑うつなどとの関連の報告がある。
さらにレスリングでのRWLについては、大会前数週間で大幅な減量を行い落命した、複数の大学生選手の不幸なケースレポートがある。また、レスリングの大会に出場する、わずか5歳の子どもに対して、保護者がRWLを強いた事例も報告されている。
しかし、それでもレスリングアスリートのRWL習慣は変わりなく続いている。この論文の著者らは、エリートレベルのレスリング選手におけるその実態の把握を試みた。
U-23世界選手権に出場したエリートアスリートで調査
この調査は、2021年のU-23レスリング世界選手権(セルビア開催)に出場した選手229人を対象に行われた。同大会の参加国は49カ国。
急速な減量(RWL)に関する21項目の質問からなるアンケートがポルトガル語で作成後に、ロシア語、イタリア語、スペイン語、フランス語、セルビア語、ルーマニア語、ドイツ語、ブルガリア語などに翻訳され使用された。
解析対象229人の内訳は、男子グレコローマンが72人(20.94±1.66歳、81.41±20.05kg、175.52±10.25cm)、男子フリースタイル62人(21.32±1.50歳、78.18±17.61kg、172.56±17.27cm)、女子95人(20.67±1.69歳、体重64.89±10.14kg、167.01±9.44cm)。
7割の選手がRWLを行っており、そのスタートは平均15歳から
全体の69%の選手が、大会前に急速な減量(RWL)を行うと回答した。RWLの開始は大会の平均7日前からであり、減量の幅は3.84±2.82kgだった。また、大会前にRWLを行うようになった時期は、平均すると15歳ごろだった。
その他、大会後の体重の回復、過去の大会での最大の減量幅なども含めて、種目別に以下にまとめる。
レスリングを始めた年齢
グレコローマン11.42±2.78歳、フリースタイル11.07±2.96歳、女子13.03±3.01歳。女子は他の2群に比較して、レスリングを始めた時期が有意に遅かった。
通常、大会の何日前からRWLを行うか
グレコローマン9.80±8.53日前、フリースタイル6.69±6.13日前、女子7.67±7.96日前。種目間に有意差はなかった。
通常の減量幅
グレコローマン3.84±2.89kg、フリースタイル4.17±2.23kg、女子3.53±3.36kg。女子はフリースタイル選手に比較して、減量幅が有意に少なかった。
大会前のRWLを行い始めた年齢
グレコローマン14.7±3.74歳、フリースタイル14.07±3.63歳、女子15.18±4.20歳。種目間に有意差はなかった。
過去最大のRWLによる減量幅
グレコローマン6.72±2.77kg、フリースタイル6.37±2.85kg、女子4.21±2.80kg。女子は他の2群に比較して、過去最大の減量幅が有意に少なかった。
通常の体重の回復幅
グレコローマン4.59±4.12kg、フリースタイル3.38±1.40kg、女子2.86±2.96kg。女子は他の2群に比較して、通常の体重回復幅が有意に少なかった。RWLに関してはコーチが最も強い影響力があり、栄養士は最も影響力がない
RWL戦略に最も影響力のあるサポートスタッフとして挙げられたのは、3種目すべてでコーチだった。コーチを「最も影響力が強い」とする回答は、グレコローマンは32.3%、フリースタイルは34.1%、女子は42.6%。
反対に、RWL戦略に最も影響力が少ないスタッフとして挙げられたのは、グレコローマンと女子では栄養士であり、その割合はそれぞれ55.4%、65.1%。フリースタイルでは医師の50%がトップだった。
種目(性別)によって採用している減量戦略に違いが認められる
用いている減量戦略については、種目によって一部に差異が認められた。
グレコローマンの選手は、最も多用する戦略として、トレーニング量の増加(30.6%)、段階的食事制限(25.4%)、暖房された部屋でのトレーニング(23%)が多かった。フリースタイルの選手は、トレーニング量の増加(43.5%)、暖房された部屋でのトレーニング(41.3%)、サウナ(28.3%)だった。女子選手は、段階的食事制限(43%)、トレーニング量の増加(20.3%)、発汗スーツを着用したトレーニングおよびサウナ(ともに11.4%)だった。
女子選手は他の2群に比べて、段階的食事制限を採用する割合が有意に高い一方、水分摂取制限を行う割合は有意に低かった。
コーチの教育が必要の可能性
著者らによると本研究は、エリートレベルのレスリングオリンピックスタイルの選手を対象に、急速な減量(RWL)の実施状況を種目別に調査した初めての研究だという。そして論文の結論は、「RWLの有害な影響がよく知られているにもかかわらず、大半の選手がいまだにRWLを行っていることが明らかになった。RWLに関して、コーチが最も大きな影響力を持っていることを考えると、可能な限り安全な方法によるRWLを浸透させるために、コーチに対する教育が提供されるべきだろう」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Prevalence of rapid weight loss in Olympic style wrestlers」。〔J Int Soc Sports Nutr. 2022 Oct 11;19(1):593-602.〕
原文はこちら(Informa UK)