スポーツ領域へ応用可能? 分枝鎖アミノ酸BCAAの外傷性脳損傷に対する予防作用をマウスで確認
分枝鎖アミノ酸(BCAA)が、外傷性脳損傷(TBI)に対して予防的な神経保護作用を示すとする動物実験の結果が報告された。著者らは、「コンタクトスポーツのアスリートや軍人のTBIの影響の軽減のために、BCAAのメリットは見過ごされるべきではない」と述べている。
循環BCAAレベルの高さが外傷性脳損傷を予防するか?
米国と欧州では外傷性脳損傷(traumatic brain injury;TBI)が年間約1,300万件発生し、そのうちスポーツ関連のTBIが年間400万件を超えると推計されている。その大半(85%)は軽度であるために報告されていない症例が少なくないと考えられるが、軽度TBIであっても受傷の12カ月後に、炎症性サイトカインが上昇していたとする報告もみられる。
TBIの病態カスケードは受傷1時間以内の急性期に、シナプス前終末からグルタミン酸が大量に放出されることに始まると考えられている。放出されるグルタミン酸の量は、TBIの重症度と死亡率と相関する。理論的には、受傷後のグルタミン酸の過剰な放出を抑制するか、グルタミン酸レベルを急速に下げることで、一連のカスケードを止めることができると考えられる。
一方、分岐鎖アミノ酸(branched-chain amino acids;BCAA)は、通常の生理学的条件下でタンパク質合成の基質として機能するほかに、神経学的にはグルタミン酸合成にかかわる。しかしこれまでのところ、TBIが発生した時点の循環BCAAレベルと、その後の重症度との関連は不明。この論文の著者らは、循環BCAAレベルの高さが、TBIに対して保護的に働くとの仮説を立て、以下の検討を行った。
50匹のマウスを5群に分けて比較
日齢84~91の50匹のマウスを無作為に10匹ずつ後述の5群に分類し、シャム群を除く4群に対して標準化された手法(マウスを麻酔し80gの重りを0.8mから頭部へ落下させる)によりTBIモデルとした。シャム群は24.3±4.8秒で回復し、その他は回復に2分以上要した。回復後は、体重や水の摂取量に予期しない変化は生じなかった。
TBIの1日後と3日後に、ビームウォーキング(5mm幅の梁の上を歩かせる)で運動回復の程度を評価。TBIの4~11日後にモリス水迷路により空間学習能力を評価した。その後、14日目にマウスを安楽死させて脳を採取し、アストロサイトとミクログリアのレベルなどを評価した。
5群の条件は以下のとおり。
- 水投与群:BCAAを与えず水のみを与えたのち、TBIを生じさせる群
- 前投与群:TBIの45分前にBCAA(イソロイシン168g/kg、ロイシン335mg/kg、バリン168mg/kg)を強制経口投与する群。なお、このBCAAの用量は、ヒトの一般的な用量に基づくもの
- 後投与群:TBIの直後にBCAA(同)を強制経口投与する群
- 前+後投与群:TBIの45分前と直後にBCAA(同)を強制経口投与する群
- シャム群:TBIの疑似的な手技(シャム)を加えて、実際はTBIを生じさせない群
BCAAによるTBIに対する予防的な保護効果を示唆する結果
BCAAを前投与した群は運動能が大きく改善し、空間学習能力も高い
ビームウォーキングで評価した運動回復の程度は、シャム群、前投与群と前+後投与群、後投与群と水投与群の順で低く、群間差が有意だった。前投与群と前+後投与群は群間差がなく、また後投与群と水投与群は群間差がなかった。
モリス水迷路で評価した空間学習能力については、前投与群は後投与群より有意に高かった。より具体的には、前投与群および前+後投与群は、4時間の短期記憶課題が水投与群および後投与群より優れていた。また、24時間の記憶課題についても、ほぼ同様の傾向が認められた。
アストロサイトの上昇は前+後投与群で抑制
脳の解剖所見については、前+後投与群ではアストロサイトのマーカーであるGFAP(glial fibrillar acidic protein)レベルがシャム群と有意差のないレベルだった。しかし、前投与のみ、または後投与のみの群はGFAPレベルの上昇が認められた。なお、損傷を受けた脳内ではアストロサイトが増加するため、GFAPレベルはTBIの重症度を表すとされている。
ミクログリアのマーカーであるIBA-1(ionized calcium-binding adaptor molecule-1)レベルは、有意な群間差がなかった。
サプリメント扱いであることがBCAA研究の足かせ?
著者によると、本研究は「TBIに対する予防的なBCAA投与による神経保護効果を示した初の研究」だという。また、「TBIのBCAAによる神経回復効果は、動物とヒトの双方で報告されている」とのことだ。ところが「残念なことに」、BCAAは栄養補助食品として扱われているため、一般的にその有益性が十分認識されていないとしている。
論文の結論には、「BCAAの神経保護および神経回復というメリットは見過ごされるべきではなく、今後の研究により、コンタクトスポーツを行っているアスリートや軍人の脳震盪またはTBIの影響の軽減につなげていく必要がある」と述べられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Branched-Chain Amino Acids Are Neuroprotective Against Traumatic Brain Injury and Enhance Rate of Recovery: Prophylactic Role for Contact Sports and Emergent Use」。〔Neurotrauma Rep. 2022 Aug 16;3(1):321-332〕
原文はこちら(Mary Ann Liebert)