スポーツ栄養学の現在地とこれから「現在はスポーツ栄養学の進化における重要な岐路」
スポーツ栄養学の今後の展開のために、これまでのこの領域の歴史を振り返る、北米と欧州の研究者によるミニレビュー論文を紹介する。現在、個々のアスリートの成功をサポートするためのテクノロジーが整いつつあり、スポーツ栄養学の進化における重要な岐路に立っているという。以下に要旨を抜粋する。
スポーツ栄養関連の論文は、1990年代は年100本未満だった
スポーツは数々のイノベーションにより進化してきた。例えば、自転車競技でのドラフティング、スピードスケートでのクラップスケート、ランニングのカーボンプレートシューズなどによって、記録が急速に向上するという段階があった。
スポーツ栄養学は比較的新しい分野であり、1990年代初頭までは、発表される研究報告が年間100本未満だった。PubMedで「スポーツ栄養」というキーワードで検索すると、第二次世界大戦直後の1946年の報告が4報ヒットし、その後はほとんど増加せず、1990年に53報が報告されている。20世紀末の2000年には年207報となり、その10年後の2010年は年533報、さらに11年後の2021年の1年で3,518報の論文がヒットする。
これらの研究は主として世界各地の大学の研究室から報告されてきた。それらの精力的な研究によって科学的エビデンスが蓄積され、21世紀に入ると国際オリンピック委員会(International Olympic Committee;IOC)がスポーツ栄養に関するステートメントをまとめるに至った。しかし、アスリートをサポートする学問やテクノロジーは、スポーツ栄養以外の領域でも進化し続けている。アスリートの記録向上にスポーツ栄養がどの程度の影響を与えたかを、それら他の領域の進歩と切り離して評価することは、実際には困難である。
とは言え、栄養介入の効果を測定できなければ、アスリートの健康やパフォーマンスを支えるための栄養戦略への認識が、相対的に低下する可能性も否定できない。このようなことは、エリートアスリートについてのみでなく、アマチュアレベルのアスリート、あるいは一般市民の健康施策としての栄養施策の立案にも影響が及びかねない。
RCTや女性での研究が少なく、原著ではなくレビュー論文が増えている
これまでにスポーツ栄養に関するガイドやガイドライン、ステートメントが複数策定されてきた。ただ、それらの根拠とされた研究に関して、現時点で不足しているものがある。例えば、エリートアスリートを対象とした無作為化比較試験(randomized controlled trial;RCT)は限られた報告しかない。また、大半の研究は男性アスリートを対象に行われてきている。それにもかかわらず、ガイドラインなどでは、女性も男性と同じという“想定”のもとでステートメントが掲げられている。
もう一つの懸念として、近年、オリジナルの研究に基づく原著論文ではなく、レビュー論文が量産される傾向が挙げられる。過去5年間で公開された論文のうち、4.4~6.0%がメタ解析であり、そのメタ解析を含めて17.6~20.2%がレビュー論文だった。新型コロナウイルス感染症パンデミック以降は感染抑止のため、研究を行いにくい状況が続いてはいるが、学問を発展させていくにはオリジナルの研究が不可欠である。
テクノロジーを活用し、研究室からフィールドへ
スポーツ栄養の主目的の一つは、競技中のアスリートのパフォーマンスの向上だ。しかしこれまで、競技中のアスリートの生理的な変化を計測する技術が限られていたことから、研究室で行われた実験の研究報告が多かった。これに対して近年は、ウェアラブルでリアルタイムにモニタリング可能なさまざまな機器が開発されている。
最近の例として、酷暑の中で行われた東京2020オリンピックのマラソンや競歩、1万メートルで、ワイアレステクノロジーを用いたモニタリングの試みがあった。熱ストレスなどをリアルタイムで把握するこの試行は、技術的な可能性が確認されただけでなく、アスリートや大会主催組織にも認められた。
新しいテクノロジーを活用することは、パフォーマンスの理解を深め、かつ実地に則した栄養戦略を立てるために、今後は欠かせない手段となる。その一方で指摘すべきこととして、最近のウェアラブルデバイス、アプリケーションなどの急増とともに、根拠なく効果をうたう製品がみられるようになっていることに注意を要する。これに対しては、国際スポーツ医学連盟(Fédération Internationale de Médecine du Sport;FIMS)が、標準化に向けた動きを開始している。スポーツ栄養の関係者も、スポーツ栄養のイノベーションの信頼性を守るために、このような動きに留意が求められる。
戦略の個別化
「平均的なアスリート」という存在はない。よってガイドラインのステートメントを参照しつつ、個別化した栄養戦略が必要である。
戦略の個別化という点で、近い将来、間違いなく、遺伝素因の把握が重要になるだろう。既に疾患治療においては遺伝子情報を活用したプレシジョンメディシン(precision medicine.精密医療)の取り組みがスタートしている。スポーツ科学やスポーツ栄養の領域での遺伝子検査はまだほんの緒についたばかりだが、遺伝子検査を請け負う企業は急速に増加している。遺伝子検査の市場規模は2020年に108億米ドルだった。これが2027年には231億米ドルに達すると予測されている。それらの企業の中には、根拠の乏しい解析結果を示す企業も存在する。なお、遺伝子情報の活用に際しては、倫理原則を尊重し、国際的または地域ごとの枠組みの中でルールを遵守して行うことが肝要だ。
テクノロジーの発展により、知りたい情報を24時間365日モニタリングすることも、そう遠くない近未来に可能になる。既に、体温や心拍数はそれが可能である。アスリートのパフォーマンスと関連のあるパラメーターを常に把握可能になったとき、それをどのように解析し応用するのかという課題が生じる。さらに、そのような連続的なモニタリングがアスリートのストレスとなることも考えられる。新たに開発される機器の信頼性の問題もある。このような諸問題が発生する可能性を常に想定し、継続的に疑問を持ち続ける姿勢も欠かせない。
スポーツ栄養学の発展の岐路
論文では上記のほか、知識と実践のギャップを埋めるためのアプローチなどについて考察を加えたうえで、以下のように結論づけている。
「イノベーションはスポーツ栄養研究の中核である。アスリートの成功をサポートするために新しいテクノロジーを利用する準備が整った今、我々は、この分野の進化における重要な岐路に立っている。最新の効率的な方法でフィールドベースのデータを共有し、個別の戦略を立てることは、スポーツ栄養を進化させる重要な機会である。ただし、新たなテクノロジーの採用は拙速ではなく、検証のうえで用いるべきだろう。まとめると、栄養はスポーツパフォーマンスの決定要因の一つにすぎず、また、新しい介入の影響は、リスクとベネフィットを継続的に評価していく必要がある」。
文献情報
原題のタイトルは、「New Opportunities to Advance the Field of Sports Nutrition」。〔Front Sports Act Living. 2022 Feb 17;4:852230〕
原文はこちら(Frontiers Media)