唾液で免疫能や代謝の変化がわかる? 唾液分析をパフォーマンス向上につなげる包括的レビュー
非侵襲的に検体を採取できる唾液を用いて、運動の心身への影響を評価する試みが進んでいる。その現状をまとめた、唾液組成に対する運動の影響に関するレビュー論文がギリシャから報告された。エネルギー代謝にかかわる乳酸や抗菌性タンパク質、免疫能にかかわるIgAなど10項目以上について、既報論文からの考察が述べられている。要旨をピックアップして紹介する。
イントロダクション
唾液の分泌量は平均750mL/日と推定されていて、これは全血漿量のほぼ20%に相当する。唾液を分泌している唾液腺は、副交感神経のコリン作動性神経と交感神経のアドレナリン作動性神経によって刺激される。副交感神経刺激は局所血流と唾液分泌を増加させ、交感神経刺激は糖タンパク質を含む唾液を少量分泌するように働く。これらは、運動による影響を受けて変化する。
この研究では、唾液の組成に対する運動の影響に焦点を当てた文献レビューが行われた。PubMedおよびScopusに2021年9月までに収載された英語論文を対象として、検索キーワードには、「身体活動」「スポーツ」「アスリート」「唾液」などを設定。検索された論文の参考文献も評価した。
4,487件がヒットし重複の削除後に2,498件となり、論文のタイトルとアブストラクトに基づくスクリーニングで2,289件を除外。全文精査後に残った125件を考察の対象とした。
唾液分泌
運動は唾液の流量とタンパク質(アミラーゼ、リゾチームなど)の分泌を増加させる可能性がある。一般的に、分泌の刺激がない安静時には0.30~0.65mL/分の速度で唾液が分泌されるのに対し、刺激のある状態では1.5~6.0mL/分と報告されている。運動中には0.78~0.94mL/分まで増加するという。
リゾチームとラクトフェリン
唾液中の抗菌性タンパク質であるリゾチームとラクトフェリンは、相乗的に作用して免疫能を増強する。運動は好中球を活性化し、唾液へのリゾチームとラクトフェリンの放出を引き起こす可能性がある。
それに対して、ボート競技アスリートでは、トレーニングシーズン中、唾液ラクトフェリン濃度が安静時よりも低いことや、バスケットボール選手の競技シーズン中にレベルが低下したとの報告がある。その一方で、ランニングは男性と女性の双方に、ラクトフェリンとリゾチームの発現を増加させる急性作用が認められたという。
乳酸
血中乳酸値と唾液中の乳酸レベルは高い相関関係があり、血中乳酸濃度の上昇により唾液中乳酸が上昇する。トレーニング中の乳酸の唾液濃度は、血中の乳酸の唾液濃度よりも低いと推定されるが、オーバートレーニングの可能性を評価するためにも使用できる。
一酸化窒素
運動によるストレスは唾液中の一酸化窒素レベルに関与する。経口の窒素酸化物質レベルは初心者のアスリートでのみ増加し、十分なトレーニングを積んだアスリートやプロでは増加しないとの報告がある。その知見を生かし、運動強度への適応の評価指標になり得る。また、運動に伴う酸化ストレスマーカーともなり得る可能性がある。
唾液α-アミラーゼ
α-アミラーゼなどの非免疫学的唾液タンパク質は、口腔への細菌の付着を阻害する可能性がある。またα-アミラーゼは運動のストレス反応のマーカーとしても機能する。α-アミラーゼは急性運動で増加し、その増加幅は運動強度に依存するという。
唾液コルチゾール
コルチゾールは、副腎皮質で産生される糖質コルチコイドであり、血糖の恒常性などにかかわり、ストレス負荷によって放出され血中グルコースを上昇させる。
唾液中のコルチゾールレベルが高いことは、インスリン感受性の低下に関係することが報告されている。集中的なトレーニングの後、軽度の低血糖状態に伴い生じるコルチゾールの上昇は免疫抑制状態につながり、また血漿グルタミン濃度を低下させるとの報告がある。
低強度運動は唾液中のコルチゾールレベルを低下させ、中等度の強度ではそのレベルは変わらず、高強度運動では増加するという報告もみられる。また、陸上での運動よりも水中での運動では、唾液中のコルチゾールレベルが低いことが示唆されている。その他、睡眠の質の低下や精神的ストレスとの関連も報告されている。
テストステロン
唾液中のテストステロン濃度は運動中に直線的に増加し、トレーニングの終了後にピークに達する。競技イベント中の唾液サンプルのステロイドの測定によって、運動の心理的および身体的ストレスを評価可能と考えられ、オーバートレーニングを検出できるかもしれない。
唾液免疫グロブリンA
唾液免疫グロブリンA(s-IgA)は、病原体に対する防御の第一線として重要な役割を果たす。中強度の運動を習慣的に行っている高齢者は、その習慣のない同世代の高齢者よりもs-IgAレベルが高い。それを否定する研究結果もあるが、それはオーバートレーニングを表しているとの解釈も可能だ。s-IgAと上気道感染症(URTI)の罹患率との相関を示した研究もあり、アスリートのURTIリスク評価に応用可能かもしれない。
メラトニン
睡眠と覚醒のサイクル調節にかかわるメラトニンを、唾液サンプルから非侵襲的に評価できる可能性がある。午後の運動は、朝の運動と比較してメラトニン分泌を減少させる可能性が指摘されている。
唾液の分析をアスリートのパフォーマンス向上につなげるための課題
論文では上記のほかに、尿酸やインスリン様成長因子1(IGF-1)などについても考察が加えられている。尿酸は運動との関連に一貫性がなく、IGF-1はエビデンスが限られているとのことだ。
結論としては、「トレーニングの種類と頻度、アスリートの体調や健康状態は、ホルモン分泌、免疫グロブリンなどに影響を与える可能性がある。唾液分析は、それらを非侵襲的に把握する方法として使用可能と考えられる。さらなる研究が必要ではあるものの、これらの知見をスポーツ活動のメリットにつなげていかなければならない。また、唾液の組成を評価するための簡便で手頃な価格の非侵襲的デバイスの開発も求められる」と述べられている。
文献情報
原題のタイトルは、「The Effects of Physical Exercise on Saliva Composition: A Comprehensive Review」。〔Dent J (Basel). 2022 Jan 5;10(1):7〕
原文はこちら(MDPI)