テレビでのスポーツ観戦でもうつが解消される! 国内高齢者対象の研究
連日、東京2020の熱戦が続いている。開催すべきか否か直前まで賛否伯仲したが、いざ始まってからは、テレビの前に釘付けになっている人も多いのではないだろうか。ただ、水を差すようだが、テレビの視聴時間が長いことは、身体的な健康に悪影響をもたらすという報告が少なくない。
また、自分自身がスポーツを行うことは身体的健康だけでなく、ストレス解消などにより精神的健康にもつながるのに対して、テレビでのスポーツ観戦が精神的にどのような影響を及ぼすのかは、これまでよくわかっていない。試合会場に足を運び生の臨場感を感じながらの観戦なら、精神的にも良いかもしれないが、今回の五輪はほぼ全面的に無観客で行われていて、それもかなわない。
こうしたなか、自分自身がスポーツを行うのではなく、スポーツを観戦することでも、うつレベルが有意に抑制される可能性を示唆するデータが報告された。筑波大学体育系の辻大士氏らによる研究の結果であり、「Scientific Reports」に論文が掲載された。観戦の方法はスタジアムでの“生観戦”に限らず、テレビでの観戦でもうつレベルが有意に低いとのことだ。
国内の高齢者2万人超を対象に、テレビやネット観戦との関連も調査
この研究は、日本老年学的評価研究(Japan Gerontological Evaluation Study;JAGES)のデータを横断的に解析した研究。JAGESは、全国60以上の市町村と共同して高齢者(65歳以上)を対象とした郵送調査を実施し、2019年度調査の登録者数は約20万人に及ぶ。今回の解析では、その中からスポーツ観戦に関する質問に回答していた2万1,317人(男性1万324人、女性1万993人)のデータを用いた。
高齢者のスポーツ観戦と健康の関連についてはこれまでに、試合会場におもむいて観戦することの多い高齢者は、主観的幸福感が高いことを示唆するデータが既に報告されている。ただ、それらの研究は調査対象者数が少なく、テレビ観戦の影響はほとんど検討されていない。これに対して辻氏らの研究では、上述のように解析対象が2万人を超え、かつ、テレビやインターネットでの視聴との関連も検討している。
スポーツ観戦の頻度で全体を4群に分類
調査の回答に基づき、スポーツ観戦の頻度を、週に1回以上、月に1~3回、年に数回、観戦しない、という4つに分類した。観戦手段は、スタジアムや体育館などの現地での観戦と、テレビやネットでの観戦とに分類した。観戦の対象はプロレベルのスポーツに限定せず、地元のスポーツクラブの試合なども含めた。なお、ニュースでダイジェストを見る程度の場合は、観戦に含めなかった。
自分自身がスポーツを行っているか否かで分類したところ、週に1回以上スポーツを行っている人(全体の58.2%)では、その28.8%が年に1回以上、現地でスポーツ観戦し、86.2%がテレビやネットで年に1回以上スポーツ観戦していた。自分自身のスポーツ参加頻度が週に1回未満の人(全体の33.1%)では、現地で年に1回以上スポーツ観戦しているのは16.2%で、テレビやネットで年に1回以上スポーツ観戦しているのは77.5%だった。
うつレベルをGDSで評価し、5点以上を「うつ傾向あり」と定義
うつレベルについては、高齢者のうつ症状のスクリーニングに用いられる「Geriatric Depression Scale;GDS」という指標で評価した。これは15点満点で、点数が高いほどうつ傾向が強いと判断される。
今回の検討では、5点以上を「うつ傾向あり」と定義した。その結果、21.4%が「うつ傾向あり」に該当した。
スポーツ観戦の頻度が高い人は「うつ傾向あり」の該当率が低い
スポーツ観戦の頻度と「うつ傾向あり」に該当する人の割合の関連の解析に際しては、うつリスクに影響を及ぼし得る因子(年齢、性別、婚姻状況、就業状況、独居か否か、収入、喫煙・飲酒習慣、既往症〈高血圧、糖尿病、脂質異常症、心血管疾患、脳卒中、筋骨格系疾患、がん〉、体格指数、日常生活動作、友人や地域社会とのネットワークなど)を調整した。その結果、スポーツを観戦している人は以下に記すように、「うつ傾向あり」に該当する確率が有意に低いことが明らかになった。
現地でのスポーツ観戦の頻度との関連
現地でのスポーツ観戦をしない人を基準とすると、現地でのスポーツ観戦の頻度が年に数回の人が「うつ傾向あり」に該当する確率は20%有意に低かった(prevalence ratio〈PR〉0.80〈95%CI;0.74~0.85〉)。現地でのスポーツ観戦の頻度が月に1~3回の人も、PR0.79(同0.64~0.97)と21%有意に少なかった。ただ、現地でのスポーツ観戦の頻度が週に1回以上と、最も頻繁に競技会場へ足を運んでいる人はPR1.02(同0.82~1.27)で、有意な関連がみられなかった。
自分自身がスポーツを週に1回以上行っているか否かで二分して検討すると、スポーツ実施頻度が週に1回以上の人では、現地でのスポーツ観戦の頻度が年に数回、および月に1~3回の場合に、「うつ傾向あり」の該当率が有意に低かった。一方、自分自身のスポーツ実施頻度が週に1回未満の人では、同様の傾向は確認されたものの、有意な関連は認められなかった。
テレビやネットでのスポーツ観戦の頻度との関連
次に、テレビやネットでのスポーツ観戦の頻度との関連をみると、観戦の頻度が年に数回ではPR0.92(同0.86~0.98)、頻度が月に1~3回ではPR0.89(0.83~0.96)と有意に「うつ傾向あり」の該当率が低かった。さらに、現地観戦では有意な関連が認められなかった、週1回以上の(最も観戦頻度が高い)群も、テレビやネットでの観戦の場合はPR0.83(同0.77~0.88)と、「うつ傾向あり」の該当率が有意に低かった。
自分自身がスポーツを週に1回以上行っているか否かで二分しての検討では、スポーツ実施頻度が週に1回以上の人では、テレビやネットで観戦する人はその頻度にかかわらず、「うつ傾向あり」に該当する割合が有意に少なかった。一方、自分自身のスポーツ実施頻度が週に1回未満の人では、テレビやネットでの観戦頻度が最も高い、週に1回以上の場合にのみ、「うつ傾向あり」の該当率が有意に低かった。
スポーツの力は、アスリートを応援する人たちへ確実に伝播する
上記のほかに、スポーツ観戦をする人はしない人に比べて、地域社会とのつながりや友人とのネットワークが充実していることが明らかになった。媒介分析から、スポーツ観戦とうつリスクの低さの関連の9.6~23.7%は、地域社会とのつながりや友人とのネットワークの強さで説明できることがわかった。
これらの結果を基に論文の結論は、「スポーツを観戦する高齢者は観戦しない高齢者に比べ、うつリスクが低いことが確認された。とくに、テレビやネットでの観戦頻度では用量反応関係が認められた。一般的にテレビ視聴については健康への害が強調されがちだ。しかし、うつとの関連では異なる側面を持つ可能性がある」とまとめられている。
スポーツがからだに良いとわかっていてスポーツに参加したいと考えていても、さまざまな境遇によりそれをできない人も少なくない。とくに高齢者では少なくないと考えられる。今回発表された研究は、そのような人たちに対しても、アスリートが何らかの力を及ぼし得ることを示したものとも言える。
著者らは、「スポーツを“見る”ことは“する”よりもはるかに容易だ。観戦クーポン券を高齢者に配布したりテレビやネットの中継を充実させることが、高齢者うつの予防戦略になり得るのではないか」と提言を述べている。
文献情報
原題のタイトルは、「Watching sports and depressive symptoms among older adults: a cross-sectional study from the JAGES 2019 survey」。〔Sci Rep. 2021 May 19;11(1):10612〕
原文はこちら(Springer Nature)