咀嚼力が高い人は心理的ストレスへの耐性が強い 若年日本人女性での横断研究 静岡県立大学
咀嚼力が高い人は、心理的ストレスに対する耐性が強いことを示唆するデータが報告された。静岡県立大学食品栄養科学部栄養生命科学科・大学院食品栄養環境科学研究院の桑野稔子氏らが、若年の日本人女性を対象に行った横断研究の結果であり、「PLOS ONE」に論文が掲載された。同氏らは、咀嚼力を高めることがストレス軽減につながる可能性があるのではないかと述べている。
咀嚼によるストレス軽減効果は、咀嚼力の高い人と低い人で異なるのか?
心理的なストレスが、人々の精神的・身体的健康に対してマイナスの影響を及ぼすことは、今日では広く知られている。現代社会でストレスを感じていない人は少なく、大半の人はストレスを抱えていることから、これまでに数々のストレス軽減法が開発され、一部は医療での治療手段として用いられている。ただし、マンパワーやコストなどの障壁があり、医療として対応可能な対象はごく少数に限られている。多くの一般生活者は日々のストレスを何らかの方法で解消し、かつ解消しきれないストレスの影響を受けながら生活を送っているというのが現状と言えるだろう。
ストレス解消法の一つの方法として、近年、ものを「噛む」ことの有用性が注目されている。例えばガムを噛むことで不安や精神的ストレスが緩和されること、ストレスホルモンとされるコルチゾールの分泌が低下することなどが報告されている。ただ、食事中に食べ物を咀嚼する力が高い人と低い人で、ストレス抑制効果が異なるのかどうかについては、これまで検討されていない。桑野氏らはこの点を明らかにするために以下の研究を行った。
若年日本人女性の食べ物の咀嚼力を、色の変わるガムで評価
研究参加者は、静岡県立大学の学生から募集された。除外条件として、喫煙、および、糖尿病・高血圧・心臓病などの慢性疾患を設定。応募者105人の女性のうち25人は除外基準に該当または研究から脱落し、解析対象は18~27歳の女性80人となった。対象者のおもな特徴は、年齢20.4±1.9歳、BMI20.0±2.1、体脂肪率24.5±4.6%で、握力は25.7±3.9kg、咬合力計で測定した第一大臼歯の最大咬合力(噛む力)は46.1±17.0kgだった。
咀嚼する能力(咀嚼力)の評価には、噛むことで色が次第に変化していくガム(ロッテ「XYLITOL咀嚼チェックガム」)を利用。60回咀嚼後のガムの色を色差計で計測し、75パーセンタイル値で咀嚼力の高い群(21人)と低い群(59人)に二分した。
心理的ストレス負荷テスト(Trier Social Stress Test;TSST)には、参加者個人の特徴に関する5分間のスピーチと暗算という課題を採用。ゆったりしたガウンに着替えてもらい、適温(24.20±0.76℃)の静かな部屋でこの課題を行った。なお、前日の21時以降は運動やカフェイン摂取を禁止し、テストの2時間前から水のみ摂取可とした。
ストレスに対する反応は、以下のパラメーターにより評価した。
自律神経機能
心拍変動の周波数解析により、高周波成分(HF%)と低周波成分(LF%)を把握、およびそれらの比を求めた。なお、HFは副交感神経活動を示し、LFは交感神経や迷走神経の活動に由来し、LF/HF比は自律神経バランスを反映する。これらを安静時、ストレス負荷の直前と直後、負荷終了10分後に計測した。
α-アミラーゼ活性
唾液検体を安静時、ストレス負荷終了5分後、15分後に採取し、α-アミラーゼ活性を測定した。なお、α-アミラーゼ活性はストレス負荷に応じて高値となる。
気分の主観的評価
ビジュアルアナログスケール(visual analog scale;VAS)を用いて、緊張、抑うつ、怒り、活気、疲労、混乱の主観的レベルを評価した。これらのVASによる評価は、研究室到着時と、ストレス負荷終了15分後の唾液検体採取後に行った。これらのほかに、主観的な日常のストレスレベル(Japanese Perceived Stress Scale)やうつレベル(Self-Rating Depression Scale)、血圧などを評価した。
咀嚼力の高い群は、心理的ストレスの影響が少ない
では結果をみていこう。まず、年齢、身長、BMI、体脂肪率、血圧、心拍数、握力は、咀嚼力の高い「高咀嚼力群」と、咀嚼力の低い「低咀嚼力群」との間に有意差がなく、日常のストレスレベルやうつレベルも有意差がなかった。最大咬合力については、低咀嚼力群より高咀嚼力群のほうが有意に高値だった(42.1±15.4 vs 57.3±16.7kg)。
心理的ストレス負荷(TSST)による影響の差異
次に、心理的ストレス負荷テスト(TSST)の結果だが、自律神経機能のうち低周波成分(LF%)については、高咀嚼力群では安静時からストレス負荷、負荷終了10分後にかけて、有意な変化を示さなかった。それに対して低咀嚼力群では、安静時からストレス負荷直前の間に有意に上昇していた。高周波成分(HF%)に関しては、両群ともに安静時からストレス負荷直前にかけて有意に低下していた。
自律神経バランスの指標であるLF/HF比は、低咀嚼力群では安静時に比較して、他の3時点のいずれも有意に高値だった。一方、高咀嚼力群で安静時との差が有意だったのは、ストレス負荷直前のみだった。
唾液α-アミラーゼ活性については、低咀嚼力群では安静時に比べてストレス負荷終了5分後に有意な高値を示した。一方、高咀嚼力群はこの変化に有意な差は見られなかった。
主観的評価の一部にも有意差
VASによる気分状態の主観的評価の結果は、ストレス負荷前は有意な群間差のみられたパラメーターはなかった。しかしストレス負荷後は、低咀嚼力群の緊張(43.8±26.2 vs 30.4±25.4)と混乱(36.7±27.7 vs 24.5±28.0)のスコアが、高咀嚼力群より有意に高値となっていた。
咀嚼力を鍛えることで、ストレス耐性を高められるか?
著者らは本研究の限界点として、対象が若年女性のみであるため結果の一般化が制限されること、横断研究であり因果関係や関連のメカニズムは不明であることを挙げている。そのうえで、「咀嚼力が高い人はそうでない人より、ストレスを感じにくいことが示された」と結論づけ、「ふだんの咀嚼力を高く保つことがストレスによる交感神経の亢進を抑制し、ストレスによる心身への悪影響を緩和する可能性があるのではないか」との考察を述べ、今後の検討の必要性を指摘している。
文献情報
原題のタイトルは、「High masticatory ability attenuates psychosocial stress: A cross-sectional study」。〔PLoS One. 2023 Jan 18;18(1):e0279891〕
原文はこちら(PLOS)