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217kmのウルトラマラソンを完走した1型糖尿病のアスリートの栄養戦略

135マイル(217km)のウルトラマラソンに挑戦した1型糖尿病のアスリートの栄養戦略に関するケーススタディ論文が報告された。文献的に推奨される内容とは異なる栄養戦略ながら完走を果たした。著者らは、1型糖尿病アスリートの栄養戦略は個別化が重要ではないかと述べている。

217kmのウルトラマラソンを完走した1型糖尿病のアスリートの栄養戦略

1型糖尿病アスリートが長時間レースに参加するために必要な栄養戦略とは

超耐久スポーツイベントの人気が高まり、ウルトラマラソンの人口も世界的に増加している。過酷なレースでの記録の更新と極限に到達するという欲求から、ウルトラマラソンに参加する1型糖尿病患者も少なくない。1型糖尿病患者がこのような過酷な長時間レースを完走するには困難を伴うが、適切なインスリン投与と栄養戦略をとることにより不可能ではない。ただし、考慮しなければならない要素は極めて多岐にわたる。

1型糖尿病アスリートの一部は、血糖変動を抑制する手段として、トレーニングや競技前の炭水化物摂取を少量に抑えるという戦略をとる。しかし高レベルの炭水化物摂取(例えば70~90g/時)を必要とする競技時間の長いスポーツでは、その戦略は低血糖リスクを高め、パフォーマンス上も不利となる。

また、長時間スポーツでは、運動中にエネルギー基質の利用が変化し、外因性炭水化物の酸化率が高くなる。加えて他の主要栄養素も血糖に影響を与える可能性がある。例えばタンパク質の摂取はグルカゴン分泌を刺激し、糖新生によって高血糖を引き起こす可能性がある。脂質摂取も胃内容排出の遅延による初期の低血糖症、およびインスリン感受性の低下、肝グルコース産生の亢進による高血糖などを来し得る。

もちろん、運動の負荷による血糖値への影響、消化吸収速度への運動による影響、水分補給なども考慮せねばならず、1型糖尿病アスリートの長距離レースにおける栄養戦略に、参考となる実用的な情報はわずかしかない。

症例アスリートと、参加したウルトラマラソンの特徴

論文で紹介されている1型糖尿病アスリートは、36歳の男性で、15年前に1型糖尿病と診断されて以降、マラソンに38回参加し、ベストタイムは3時間38分であり、100~217kmのウルトラマラソンに4回の参加経験をもつ。体重71.1kg、身長は1.66m、体脂肪率10%で、週あたり40~100kmのトレーニングを14年間継続している。

この研究報告は、このアスリートがブラジル135ウルトラマラソンに参加した際の栄養戦略をまとめたもの。ブラジル135ウルトラマラソンは走行距離217km、標高は約800~1,650mの範囲でアブダウンを繰り返す。制限時間60時間で、この年の大会には62人が参加。完走者は44人でレース記録は27時間59分~59時間23分の範囲だった。

研究対象の1型糖尿病アスリートの記録は51時間18分であり、27位で完走。平均速度は4.2km/時だった。参加者はレース中、いつでも自由に飲食と睡眠をとることができ、この研究対象アスリートは、3日にわたり計16回、何らかの飲食物を摂取し、2回にわたり計7.6時間の睡眠をとった。

レース中の血糖管理は、ペン型インスリン注入器によるインスリン投与と、簡易血糖測定器による血糖自己測定によった。基礎インスリンとして2回に分けて計10単位(4U、6U)を、追加インスリンとしてレース直前に10U、116km地点で10U、およびレース2時間後に20Uを投与した。

このほか、78km地点、175km地点、およびゴール地点で体重を計測し、脱水レベルが評価された。

栄養戦略と血糖変動

栄養戦略:レース中の摂取エネルギー量は3,600kcalで、24時間あたり1,700kcal

この1型糖尿病アスリートはレース中に、炭水化物532g、タンパク質166g、脂質92gを摂取し、摂取エネルギー量は合計3,592kcalだった。体重換算では同順に7g/kg、2g/kg、1g/kg、50kcal/kg。24時換算の摂取エネルギー量は1,714kcalだった。

1日単位でみると、初日はスタート2時間後から14時間後にかけて8回にわたり何らかの飲食物を摂取し、合計すると炭水化物372g、タンパク質33g、脂質38g、摂取エネルギー量1,957kcalであり、体重換算では同順に5g/kg、0.5g/kg、0.5g/kg、28kcal/kg。

2日目は6回にわたり、炭水化物123g、タンパク質130g、脂質40g、計1,347kcalを摂取し、体重換算では同順に2g/kg、2g/kg、0.6g/kg、19kcal/kg。3日目の摂食回数は2回で、炭水化物37g、タンパク質3g、脂質14g、計288kcalを摂取し、体重換算では同順に0.5g/kg、0.0g/kg、0.2g/kg、4kcal/kg。

なお、論文中には、レース中に摂取したすべての飲食物の種類と、摂取タイミングが表示されている。

体重の変化と水分補給

スタート直前の体重は前述のとおり71.1kgであり、78km地点では69.2kg(%Δ-2.7)、175km地点では69.9kg(%Δ-1.7)、レース終了直後は69.0kg(%Δ-3.0)だった。これに対して水分補給量は、合計14L、時間換算では263mL/時だった。

%Δ:変化量の割合を意味する(以下同)

一般的に体重の減少幅が-2.0%以内に収まるような水分摂取が推奨されているが、著者らは、ウルトラマラソンのような状況では-2.0%を超える体重減少が自然であり、水分の過剰摂取を避けるためにそれが必要になることもあると記している。

睡眠戦略:深夜から早朝の2回、計7.6時間確保

このアスリートは、116km地点と195km地点の2回に分けて、合計7.6時間の睡眠をとった。いずれも3~6時という時間帯だった。これは、概日レリズムを考慮したものであり、パフォーマンスの維持にも有効と考えられた。同様の睡眠戦略は、他のランナーにも観察された。

血糖変動:意図的に高めに維持された可能性

血糖値は3.9~13.9mmol(70~250mg/dL)の範囲に維持することを目標とされた。実際にはレースを通じて、3.6~18.2mmol(65~328mg/dL)の範囲となったが、測定結果の半数近く(47%)は3.9~10mmol(70~180mg/dL)の範囲に収まっていた。

3.9mmol(70mg/dL)未満の低血糖域にあったのは全測定ポイントの5%であり、13.9mmol(250mg/dL)以上にあったのは32%だった。全体的に目標レンジよりやや高めの値で推移していたが、これはアスリート本人が、低血糖のリスクを避けるためにとった戦略の結果と考えられた。

1型糖尿病アスリートの栄養戦略は個別化が重要

以上の結果をもとに著者らは、栄養戦略について、以下のような考察を加えている。

まず、このアスリートが競技中に摂取したエネルギー量は、記録の平均が12時間程度のトライアスロンレースでみられる一般的なアスリートの摂取量と同レベルであり、時間換算では約4分の1程度にすぎない。また、ウルトラマラソンの走行中の消費エネルギー量は安静時代謝量の8倍以上に達することが、二重標識水法による検討結果として報告されている。つまり、この研究対象アスリートの競技中の摂取量は他の文献で示されているよりもはるかに少なかった。

他方、レース中の血糖値の上昇は、炭水化物の摂取のみでなく、タンパク質の摂取後にも観察された。既報文献には、1型糖尿病患者がタンパク質量の多い混合食、またはタンパク質のみを大量に摂取すると、食後2~5時間に血糖値が上昇する可能性が報告されている。これらの知見から、インスリンはタンパク質が豊富な食品を摂取後の血糖管理にも必要とされる可能性がある。

また、文献的には脂質の摂取による血糖値への影響も指摘されている。ただし本検討では、脂質摂取による血糖値への影響は観察されなかった。

結論としては、「今回の事例は1型糖尿病のアスリートが文献で推奨されている内容とは異なる戦略を採用したにもかかわらず、ウルトラマラソンを無事に完走することができた。1型糖尿病のアスリートに対する栄養上の推奨事項は、過去の個人的な経験を考慮して個別化する必要があることを示唆している」とまとめられている。

文献情報

原題のタイトルは、「Nutritional Strategies of an Athlete with Type 1 Diabetes Mellitus During a 217-km Ultramarathon」。〔Wilderness Environ Med. 2022 Jan 4;S1080-6032(21)00208-8〕
原文はこちら(Elsevier)

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