1型糖尿病のアスリート インスリン発見から100年目に開催される東京五輪に向けて
「1型糖尿病のアスリート」というタイトルのレビュー論文が、糖尿病医学の学術専門誌「Diabetologia」に掲載された。
1型糖尿病に救命可能の希望が見え始めた時代から、来年で1世紀を迎える。つまり、インスリンが発見されて100年が経とうとしている。新型コロナウイルスのパンデミックによって、くしくも東京オリンピック・パラリンピック(東京2020)は、ちょうどインスリン発見100年の節目の年に開催されることになった。本論文によれば、東京2020に向けて今、数多くの1型糖尿病を抱えるアスリートが、エリートレベルのトレーニングを行い、表彰台を夢見ているという。
救命の可能性が見えてから100年の進歩
糖尿病の大半は加齢や遺伝、生活習慣の因子が強く関与する2型糖尿病だが、ごく一部は自己免疫その他の原因により膵臓のインスリン産生細胞が破壊されて発症する1型糖尿病が占める。1型糖尿病発症後は生存のためにインスリン療法が必要とされ、ごく最近まで、生活の多くの部分を治療――例えば突然の低血糖や高血糖への対処またはその予防など――に充てなければならなかった。
1921年にインスリンが発見され、翌年には治療が開始されて、1型糖尿病も救命可能な病気の一つになった。その後1世紀がたち現在、低血糖や高血糖への対処が2型糖尿病に比較し困難であるが、薬剤やインスリン注入デバイス、血糖モニタリンクシステムの改良により、血糖管理は各段に良好になりつつあり、糖尿病の治療が人生の目的になってしまうかのような状況は少なくなっている。
このような状況の変化とともに、スポーツに取り組む1型糖尿病患者が増えている。 多くの支障があるにもかかわらず、1型糖尿病のアスリートは、あらゆる競技で活躍し始めており、オリンピックで金メダルを獲得する選手も現れた。本論文は、既に多くの1型糖尿病患者がオリンピックを目指すレベルまでになっていることを前提に、パフォーマンスの向上のためのエビデンスをまとめたもの。
運動中のインスリン調節と調節不全
1型糖尿病アスリートの循環インスリンレベルはインスリン投与量と、投与部位に依存する。運動開始時にインスリンレベルを直ちに下げることはできないため、1型糖尿病のアスリートは運動中に、相対的な高インスリン血症状態になることがある。中程度の強度の長時間の運動中の相対的高インスリン血症は、脂肪分解/脂肪酸化を抑制し、全身のグルコース利用と低血糖のリスクを高める。一方、運動前のインスリン投与を完全に省いた場合、高血糖症とケトン体の産生が促進される。
インスリン投与方法の選択
インスリン製剤は門脈循環に放出されるのではなく皮下投与されるため、生理的レベルのインスリンを完全に再現することは不可能だ。1型糖尿病のアスリートの一部は、インスリンを1日複数回の注射(Multiple Daily Injection;MDI)することで良好な血糖を維持しているが、持続皮下インスリン注入(Continuous Subcutaneous Insulin Infusion;CSII)を好むアスリートも少なくない。後者は、長時間の有酸素運動時の基礎インスリン注入速度の抑制、集中的な有酸素または無酸素運動時の一時的な速度増加、夜間低血糖が問題である場合は夜間の基礎インスリン注入速度の低下が可能である。さらに、ハイブリッドクローズドループテクノロジーは、現在の血糖値、将来の血糖値予測、過去のインスリン投与量を総合的に判断したアルゴリズムによって、血糖値が目標レベル内にある時間の割合(Time in Range;TIR)を向上させる。
これらの利点にもかかわらず、多くの1型糖尿病アスリートが、これらの医療機器に接続された状態を拒むことが報告されている。発汗の増加やスポーツ中の接触が、インスリン注入セットとグルコースモニタリングデバイスの装着を困難にするためと考えられる。
アスリート(特に無自覚性低血糖を起こし得るアスリート)には、継続的な血糖モニタリング(Continuous Glucose Monitoring;CGM)の有益性が高い。ただし、運動自体がセンサーの精度に影響を及ぼし得る。
長時間の運動中に相対的高インスリン血症に対処するための戦略
長時間の有酸素運動中の相対的高インスリン血症は、基礎インスリンや追加インスリンの投与量の抑制、あるいは炭水化物摂取の増加によって相殺される。CSIIを使用している場合、基礎インスリンは、運動の90分前に50〜80%削減する。血糖値の低下を緩和する効果は低いが、運動開始時にインスリン投与を一時停止することは安全で、運動直後に再開し、回復時の食事の前に循環インスリンレベルを上昇させる。
MDIでは低血糖リスク低下のため、運動前に基礎インスリン投与量を20〜50%減らす。インスリンデグルデクでは、スポーツイベントの3日前に開始する必要がある。他の長時間作用型基礎インスリン(インスリングラルギン、インスリンデテミル)の場合、基礎インスリン総投与量を朝と夕方の投与量に分け、より柔軟な調整が可能。基礎インスリン投与量の削減に代わる(または補完的な)手段として、長時間の有酸素運動中の炭水化物の摂取(最大70〜90g/時)は、低血糖の予防とパフォーマンスのサポートに役立つ。
少量のグルカゴン投与、またはデュアルホルモンクローズドループポンプでのグルカゴン投与は、低血糖の予防に有用だが、これまでのところ、スポーツ競技においてテストされた報告はみられない。
運動後の相対的低インスリン血症に対処するための戦略
一部の1型糖尿病アスリートは、競技開始時の若干の高血糖を許容、もしくはそれを計画的に行う。ただし、多くのアスリートにとり、イベント直後の高血糖まで管理することは困難だ。遅発性低血糖は依然としてアスリートに多くみられ、基礎インスリン投与量の削減、または就寝時の補食が推奨される。
トレーニングプロトコルに基づいた血糖管理計画
プロアスリートは、シーズン初期に低強度で大量のトレーニングを開始し、続いて高強度で少量のトレーニングを行うことが多く、競技会前にはトレーニングの量を次第に減少させる。このようなトレーニングの加減は、1型糖尿病のアスリートにとって血糖管理を困難にする可能性がある。リアルタイムCGMや間欠的血糖スキャン(intermittently scanned Continuous Glucose Monitoring;isCGM)を用い、臨床チームが適切な基礎インスリン投与や食事を確認するといった戦略が必要となる。
競技種目・競技時間と血糖管理戦略
マラソンやロードサイクリングなどの持久力スポーツの場合、アスリートはイベント前にしばしば血糖値が上昇する。これは心理的ストレス反応が原因である場合もあるが、競技中に発生することのある低血糖を抑制するための戦略であることもある。通常、炭水化物の摂取はパフォーマンスを維持し、60分以上続く持久力イベントでは低血糖を防ぐために必要。有酸素運動では血糖降下リスクが高くなる可能性があり、反対に、棒高跳び、パワーリフティング、全力疾走、レスリングなどでは競技中に血糖値が上昇する。
栄養によるパフォーマンスの最適化
さまざまな状況下で、アスリートのパフォーマンスをサポートするために、エビデンスに基づいた栄養戦略が存在する。ただし、1型糖尿病のアスリートのパフォーマンスを最適化するための特別の、または追加の推奨事項は明確でない。よって糖尿病のないアスリートと同様に、活動やトレーニング計画に応じて、あらゆる炭水化物摂取戦略を実施する。
炭水化物摂取
炭水化物の量をカウントする方法(カーボカウント)を用いて、食事量やインスリン投与量を調整することもあるが、この方法では、とくに高炭水化物食の場合、精度に欠けることがある。また、異なる血糖上昇指数(グリセミックインデックス)が混合している食事では、その実践が困難となる。
血糖管理のために、摂取炭水化物量を抑制する戦略をとっている1型糖尿病アスリートも存在する。この食事療法がパフォーマンスに影響を与えるかどうかは現時点で不明だ。ただしインスリンの追加投与でなく、炭水化物の摂取制限によって血糖管理を達成すると、持久力の低下や低血糖、ケトアシドーシスのリスクが増加する可能性がある。
運動後の筋肉グリコーゲン補充には、炭水化物摂取とインスリン投与のバランスが必要となる。長時間の運動後は筋肉のグリコーゲンレベルの回復に時間がかかる可能性が高く、夜間の低血糖リスクが高くなる。適量の炭水化物と蛋白質の同時摂取は、運動後の血糖バランスを保ちながら、筋肉のグリコーゲン補充に役立つ可能性がある。ただし、多量の蛋白質摂取は、すでに十分な炭水化物が摂取されている場合、筋グリコーゲン補充率をより増加させるようには認められない。
水分補給と電解質バランス
血液量を維持し、体温調節を行うには、トレーニング中や競技中に十分な水分補給が必要だ。1型糖尿病のアスリートでは、血糖値が高値にあると、運動中に軽度から中程度の脱水症状を起こす可能性がある。これは、高血糖症が尿量を増加させることによって悪化する。
トレーニング中の水分摂取量は、おそらく高血糖症によって引き起こされる喉の渇きが原因で、非糖尿病のアスリートに比較し1型糖尿病のアスリートで高くなる傾向がある。一般に、血糖レベルに応じて、通常の水または電解質飲料を約1L/時、摂取する必要がある。
その他の考慮事項
体重管理
体操やサイクリングなどのスポーツは、低体重であることがパフォーマンスに有利なことがある一方で、体重が重いことが有利な競技もある。
できるだけ軽量のカテゴリーで競技することを目指すアスリートは、多くの場合、イベント前の計量に向けて体重を減らす必要があり、エネルギー制限と水分制限を行う。このような危険度の高い習慣は、脱水症の可能性を高め、場合によっては死に至ることもある。
安全で効果的な体重管理は、1型糖尿病のアスリートも可能だ。インスリンは同化ホルモンであるため、エネルギー摂取量とインスリン投与量の双方を徐々に減らすことは、筋肉量と安全性を損なうことなく、脂肪量を徐々に下げ得る。減量のための低循環インスリンレベルでのトレーニングは、補食の必要性が少なくなるが、低血糖発作が生じた場合、摂食量の減少が関連していることに注意すべき。
女性アスリート
1型糖尿病の女性アスリートは、月経周期に応じてトレーニングや競技に対して独特の血糖反応を示し、男性アスリートと比較して低血糖のリスクに影響する可能性がある。女性アスリートは、競技やトレーニング前後のインスリンと炭水化物の必要量が月経周期によって異なる可能性があることを認識しておく必要がある。
一般に黄体期には血糖値が高く、これは多くの場合、基礎インスリン量を増やすことでは完全には補正されない。また、トレーニング中や回復中のエネルギー源としての脂質への依存度の増加が起こり得る。さらに黄体期は、非糖尿病において持久力運動中の筋肉グリコーゲンの消費が少ないことがわかっており、運動後のグリコーゲン補充に必要とされる炭水化物摂取量は少ないことが示唆されている。
遠征旅行
現代のアスリートにとって遠征はつきものであり、1型糖尿病のアスリートは移動に際し十分な準備を要する。インスリンを適切に梱包し、予備の糖尿病関連用品(血糖測定器、センサー、インスリンポンプ、ランセット、グルカゴン、スナックなど)を機内持ち込み手荷物とすることについて問題が発生する可能性もある。適切な旅行保険の選択、空港のセキュリティ手続き、フライトが遅延した場合の血糖コントロール、適切な機内食の選択も重要な考慮事項だ。
長距離を飛行し複数のタイムゾーンを横断する際には、それぞれのタイムゾーンに適応するためにインスリン投与を調整する。糖尿病治療関連資材を紛失したり、なじみのない食品を摂取すること、天候や様々な環境変化にも備えなくてはならない。
文献情報
原題のタイトルは、「The competitive athlete with type 1 diabetes」。〔Diabetologia. 2020 Jun 12〕
原文はこちら(Springer Nature)