妊娠期の母体由来タウリンが、胎児の正常な脳発達に必須 浜松医大と鈴鹿医療科技大の研究
β-アミノ酸のタウリンはさまざまな生理活性を持つことが知られているが、新たな研究から、母体由来のタウリンが胎児の正常な脳の発達に必須であり、妊娠期の一時期の母体から胎児へのタウリン移行量の低下によって脳発達に異常が生じる可能性もあることがわかった。
浜松医科大学と鈴鹿医療科学大学の研究グループによる成果で、「Journal of Allergy and Clinical Immunology」に論文が掲載されるとともに、両大学のサイトにニュースリリースが掲載された。タウリンの摂取量は食事内容や摂取エネルギー量に依存することから、周産期、授乳期への適切な栄養介入の必要性が示唆される。
研究の概要
タウリンには、細胞容積の調節作用、抗酸化作用などがある。生物は一般にタウリンを食物から摂取するとともに、システインやメチオニンなどの含硫アミノ酸を原料として肝細胞などで合成されたタウリンを用いている。しかし、ヒトをはじめとする哺乳類の胎児、新生児はタウリンを合成する能力が未発達なため、胎盤や母乳を通じて母体から授与されるタウリンを用いている。
浜松医科大学と鈴鹿医療科学大学の研究グループは、母体に由来するタウリンが胎児期の脳の発達に関与することを明らかにした。母体由来のタウリンがGABAA受容体の結合調節因子として胎児(仔)脳の発達に重要な神経幹細胞の機能の制御に関与することが、薬理学的・生理学的・遺伝子工学的手法により証明された。
研究の背景
生体では食物中のタウリンが腸管で吸収され、血液を介して全身の細胞に運ばれ利用される。また、肝臓などの細胞でシステインやメチオニンなどの含硫アミノ酸から合成されたタウリンも利用されている。ただし哺乳類の胎児、とくにヒトを含む霊長類の胎児や新生児では、タウリン合成能が低く、胎盤や母乳を介して母親から子へ授与されるタウリンが児の正常発達に必要。
胎児は母体の子宮内で羊膜に包まれ、羊水の中に浮かんでいるが、羊水に含まれるタウリンの濃度は母体血液中のタウリン濃度より高く、なんらかの濃縮メカニズムがあり、そのことには生物学的意義があると考えられている。また、哺乳類の母乳にはタウリンが豊富に存在し、アミノ酸の中でグルタミン酸に次いで多く含まれている(図1)。
図1
発生期の大脳皮質を構成する神経細胞は、すべて神経幹細胞が分化して生じる。神経幹細胞の分化は特定の発生時期に始まり、6層からなる大脳皮質の神経細胞のうち深層の神経細胞、表層の神経細胞がそれぞれ決まったタイミングで神経幹細胞から分化する(図2)。
この神経幹細胞にはGABAA受容体が発現しているが、その働きはわかっていなかった。またGABAA受容体の主要なリガンドとして抑制性神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)とタウリンが知られていたが、発生初期の脳にはGABAを分泌する細胞はほとんど存在せず、なにがGABAA受容体の機能を調節しているか不明だった。
図2
研究の成果
研究グループは、まずGABAA受容体が神経幹細胞の神経細胞分化の開始、深層の神経細胞への分化から表層の神経細胞への分化への移行など、発生の時系列に伴う神経幹細胞の性質制御に関与することを、妊娠マウスを用い薬理学的に明らかにした。ついで、生理学的手法を用いて、神経幹細胞におけるGABAA受容体の応答性をGABAとタウリンで比較したところ、GABAは胎生13日目以降にのみ神経幹細胞のGABAA受容体を刺激するのに対し、タウリンは胎生13日目以前の時期でも神経幹細胞のGABAA受容体の応答を引き出すこと(つまり、GABAA受容体のリガンドとして働くこと)を発見した。
胎盤を介したタウリン輸送に関わるタウリントランスポーターという分子のノックアウトマウスの胎仔脳ではほとんどタウリンが観察できず、また神経幹細胞の神経細胞への細胞分化の抑制傾向などGABAA受容体を薬理学的に阻害した場合と同様の表現型が観察された。
続いて、神経幹細胞が直接脳室の脳脊髄液に接しており、発生初期の脳脊髄液は羊水に由来することから、タウリントランスポーターのノックアウトマウスの胎児の羊水に人為的にタウリンを注入したところ、これらの表現型が部分的に正常化され、タウリンがGABAA受容体を介して神経幹細胞の性質を制御していることが示された。
さらに、タウリンだけがGABAA受容体の主要なリガンドとして働く胎生10~12日目にかけて、胎仔脳のGABAA受容体の機能を薬理学的に阻害したうえで、マウスが十分に発達成熟する出生後8週における行動を観察したところ、新奇マウスへの関心の低下や低活動などの神経発達障害に類似した異常行動を呈すことを発見した。
今後の展開
本研究において、胎児期母体由来タウリンが神経幹細胞の性質制御という神経発達の枢軸となる現象を調節することが明らかになり、妊娠期のある一時期の母から胎児へのタウリン移行量の低下が原因で脳発達に異常が生じ、将来において行動の変容が引き起こされる可能性が示唆された。ヒトの脳発達におけるタウリンの役割については、早産児のうち出生直後の血漿中のタウリン濃度が低い児において、出生直後の血漿タウリン濃度が正常な児に比べて生後18カ月や7歳時における心理発達のテストの成績が低いという報告がある。
タウリン摂取量は食事内容や食物摂取量(摂取エネルギー量)に依存する。またヒトにおいて妊娠中の肥満や妊娠高血圧腎症が胎盤におけるタウリントランスポーターの活性の低下を引き起こすという報告がある。
研究グループでは、「今後はヒトにおいてどのような環境要因が妊娠期の母から胎児へのタウリン移行量の低下を引き起こすか、母から胎児へのタウリン移行量の低下が児の脳発達にどのような影響を与えるかなどを明らかにし、児の脳発達を促進するための妊娠期のライフスタイルの提案につなげることを目標に研究を進めたい」と述べている。
関連情報
母体由来のタウリンが胎児期の正常な脳発達に必須であることとそのメカニズムを解明(浜松医科大学)
本学教員による、胎児期脳発達における母体由来タウリンの役割に関する研究成果が、英国オックスフォード大学出版局のCerebral Cortex誌に掲載されました(鈴鹿医療科学大学)
文献情報
原題のタイトルは、「GABAA Receptors and Maternally Derived Taurine Regulate the Temporal Specification of Progenitors of Excitatory Glutamatergic Neurons in the Mouse Developing Cortex」。〔Cereb Cortex. 2021 May 17;bhab106〕
原文はこちら(Oxford University Press)