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緊張による運動パフォーマンス低下を防ぐ実験に成功 効果的なトレーニング法の開発に期待

激しい練習を積んでも、いざ本番では緊張のために努力の成果を十分に発揮できないということは珍しくない。いかに緊張せず持てる力を出し尽くすかは、アスリートにとって成功への非常に大きなポイントとなる。この問題の解決の糸口となる研究成果が発表された。

緊張による運動パフォーマンス低下を防ぐ実験に成功 効果的なトレーニング法の開発に期待

国立研究開発法人情報通信研究機構脳情報通信融合研究センターとフランス国立科学研究センターによる研究グループは、緊張による運動パフォーマンスの低下に脳内の背側帯状回皮質の活動が相関することを発見し、かつ、経頭蓋磁気刺激法という方法でその脳活動を抑えることにより、パフォーマンス低下を防ぐ方法の開発に成功した。運動に限らず音楽演奏の際の緊張を抑えるための訓練法としての応用も期待されるという。詳細は英国の科学雑誌「Nature Communications」にオンライン掲載された。

無意識にできるはずの動作が、緊張のためにできなくなる理由

スポーツや楽器演奏など、高速で複雑な運動をするときに緊張すると、パフォーマンスが低下することはプロ、アマの区別なく誰もが経験する。スポーツ科学の分野では、学習で一度は自動化(無意識化)された各運動間の流れ(運動要素)に対する注意が緊張によって増加し、その運動要素が再び意識され干渉が生じることで、パフォーマンスが低下するとされている。しかし、この考え方はこれまで証明されておらず、よって緊張によるパフォーマンス低下を防ぐ方法も知られていなかった。

今回、研究グループは、緊張によるパフォーマンス低下を実験的に再現する方法を考案。かつ、その実験でパフォーマンスの低下に関与している脳内の部位を機能的磁気共鳴法(fMRI)で特定。さらに、その部位を経頭蓋磁気刺激法(TMS)で刺激することで緊張によるパフォーマンス低下が改善されることを確認した。以下に順を追って解説する。

緊張によるパフォーマンス低下を再現する実験

一般的に、テニスやピアノ演奏などの運動を覚える際には、まずパーツごとに練習し、後でそれを繋ぎ合わせる練習をする。研究グループはこの過程をモデル化し、タッチパネル上に連続で10回表示されるボタンに触れるという実験を18名の被験者に施行。被験者には全体の10回を6回と4回の2つのパートに分けて覚えてから全体をつなぎ合わせる方法(part-learners)と、全体を一度に覚える方法(single-learners)を実施してもらった(図1A)。

図1 行動実験の内容と結果

行動実験の内容と結果

(出典:情報通信研究機構プレスリリース)

1セット40回を2回実施した後、ボタンを触れ間違えたり反応が遅いと電気刺激を加えるというテストセッションに移行。電気刺激の強さは、1回なら大丈夫だが3回続けて受けると辛いと感じる強さを被験者ごとに決め、緊張を再現した。なお、part-learnersとsingle-learnersのどちらを先に行うかは無作為に設定した。

この実験の結果だが、まず、ボタン表示を覚えるまでの練習期には、明らかにpart-learnersのほうが反応が速かった。ところが電気刺激の緊張が加わったテストセッションに入ると逆転。part-learnersはsingle-learnersより反応に時間がかかり、タッチの間違えが増え、群間に有意差が生じた(図1B・C)。

パフォーマンスの低下に関与している脳内の部位を特定

続いて、このような緊張によるパフォーマンスの低下に関係している部位を探索するため、脳内の活動を調べることができる機能的磁気共鳴法(fMRI)を用いながら、前記と同様の実験を施行。ただし、fMRI検査のため体を動かすことができないことから、タッチパネルではなく指先のキー操作による実験とした。

結果は前記の実験と全く同じで、part-learnersでは訓練が進むほど反応時間が短縮され誤りも減ったが、テストセッションに入ると逆転し、single-learnersの成績がpart-learnersにまさった。そしてfMRI検査から、緊張によるパフォーマンスの低下と関連するのは脳の背側帯状回皮質という部位であることがわかった(図2)。

図2 背側帯状回皮質の場所

背側帯状回皮質の場所

(出典:情報通信研究機構プレスリリース)

背側帯状回皮質の刺激で緊張によるパフォーマンス低下が改善

さらに、これまでの実験でみつかった、part-learnersの際の緊張でパフォーマンス低下と関連していた背側帯状回皮質に対し、経頭蓋時期刺激法(TMS)で刺激を与える実験を施行した(図3)。TMSは、磁場の変化によって脳内に弱い電流を起こし神経を刺激する方法のことで、TMSを繰り返すことにより、狙った部位の脳の活動を低下させることができ、頭痛やパーキンソン症候群、うつ病などの治療に応用されている。

図3 TMS実験の内容と結果

TMS実験の内容と結果

(出典:情報通信研究機構プレスリリース)

今回の実験では、実際にTMS刺激を与える場合と、同様の手技でTMS刺激を与える行為はするものの遮蔽板により刺激が伝わらないようにしたシャム刺激(偽りの刺激。被験者の先入観による効果を取り除くために行う)を施行した。その結果、TMS刺激を与えた時はシャム刺激と比較して、テストセッションでの誤りが少なく、前記のsingle-learnersと同じレベルの成績になった(図3C)。これは、緊張による運動パフォーマンス低下と、背側帯状回皮質の活動に、因果関係が存在することを示唆する結果だ。

以上、一連の実験結果から、従来不明であった緊張による運動パフォーマンス低下の原因が、背側帯状回皮質にあることが明らかになり、さらに運動パフォーマンスの低下を防ぐための介入手段も示された。今後の研究の進歩次第では、アスリートが緊張せず、常にベストの状態で試合に参加できるようになる日が来るのかもしれない。

文献情報

論文のタイトルは「Activity in the dorsal ACC causes deterioration of sequential motor performance due to anxiety」。〔Nat Commun. 2019 Sep 19;10(1)〕

原文はこちら(Nature Communications)

関連情報

情報通信研究機構プレスリリース

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