脊髄損傷パラアスリートの運動中~運動後の皮膚温についてのシステマティックレビュー
脊髄損傷のあるパラアスリートの運動中と運動後の皮膚温を検討した研究報告を対象とする、システマティックレビュー論文が発表された。障害が四肢麻痺の場合は運動中に皮膚温がより上昇しやすく、運動後に低下しにくいことや、冷却戦略が有効なことが確認された。一方、この領域の研究における皮膚温度の測定法を改善する必要性が示唆されると、著者らは述べている。一部を抜粋して紹介する。
イントロダクション:研究背景と文献検索の手法
脊髄損傷のあるアスリートは体温調節機能障害のために、運動中の熱恒常性の維持が困難であり、熱中症等のリスクが高いことが報告されている。ただし、それらの報告を対象とするシステマティックレビューはまだ行われておらず、本論文の著者らにより初めて試みられた。
システマティックレビューとメタアナリシスのガイドライン(PRISMA)に則して、PubMed、Web of Science、Scopusという3つの文献データベースを用いて文献検索を実施。採用基準は、2000年以降に発表された無作為化比較試験、コホート研究、症例対照研究であり、英語またはスペイン語で執筆されているものとした。2000年以降の論文に限定した理由は、現在の皮膚温測定技術がおよそこの時期に確立されたため。
検索キーワードとして、体温調節反応、皮膚温、体温調節、脊髄損傷、スポーツ、運動を設定。2020年7月に最終的な検索を行った。PubMedから66報、Web of Scienceから88報、Scopusから87報がヒットし、重複やレビュー、エディトリアル、書籍紹介、学会報告の削除、およびアブストラクトによるスクリーニングにより、20報の研究報告が抽出された。
それぞれの研究の特徴
抽出された20件の研究のサンプルサイズは6~31の範囲であり、障害の種類別では四肢麻痺での研究が5件、対麻痺が7件、四肢麻痺と対麻痺の双方を含む研究が7件であり、残り1件は障害の種類が記されていなかった。
運動プロトコルは、研究室内での一定強度の運動またはインターバル運動が各9件で、他の2件は車椅子ラグビーまたはテニスにより検討していた。前者の研究室内での検討には、上肢エルゴメーター(8件)と車椅子エルゴメーター(4件)が頻用されていた。
バイアスリスクは、3件(16%)が低リスク、13件(68%)は中等度であり、2件は高度、1件は重大なバイアスリスクがあると判定された。
おもな結果のまとめ
レビューの結果、頸部損傷のあるアスリートは健常者に比較し、暑熱条件での運動中の皮膚温の上昇幅が大きいことがわかった。また、皮膚温測定に用いられた機器はおもに接触型の測定器であり、非接触型の測定ツールを用いた研究はわずかだった。
運動中の皮膚温の反応
運動を始めると一般的には発汗を生じ、運動開始後の最初の数分間は皮膚温が低下、その後、運動継続中、皮膚温は徐々に上昇する。脊髄損傷のあるアスリート、とくに頸部損傷のあるアスリートでは熱ひずみが生じやすい。10℃と35℃の条件で皮膚温の反応を比較するというプロトコルで実施した研究、および、25℃と33℃の条件で比較した研究から、暑熱環境では運動によって生じる熱ストレスがより大きいことが報告されている。障害の程度がより重いアスリートでは、暑熱環境での体温上昇により注意が求められる。
対麻痺のアスリートの皮膚温の上昇は、四肢麻痺のアスリートよりも緩徐であるとのデータがある。また、対麻痺があっても障害の程度が軽度の場合、運動開始とともに皮膚温は上昇するものの、運動継続中に皮膚温は維持されるか、または低下するとの報告もみられる。障害の程度が軽度の場合、体温調節反応の障害も軽度と考えられる。
回復中の皮膚温の反応
脊髄損傷のあるパラアスリートでは、運動後の回復中も体温調節機能障害の影響を受ける。運動を終了した90分後にも、深部体温は安静時よりも高い可能性のあることが報告されている。よって、適切な冷却戦略を、運動中のみならず運動後にも考慮する必要がある。
冷却戦略と皮膚温
抽出された研究報告のうち5件では、さまざまな冷却戦略の効果を検討していた。用いられたツールは、アイスベスト、ウォータースプレーだった。
脊髄損傷アスリートが運動前にアイスベストを着用した場合の皮膚温は、アイスベストを着用していない場合よりも低値となることが示されている。ただし、運動開始後の皮膚温は、冷却戦略を採用しない場合と同様のレベルに上昇していた。一方、運動中にもアイスベストを着用した場合は、運動中の皮膚温の上昇が抑制され、着用しない場合との間に有意差が認められたという。
ウォータースプレーに関しては、回復中に噴霧を行った場合に対照群と比較して皮膚温の低下が観察されている。よって、アイスベストやウォータースプレーなどの冷却戦略は、脊髄損傷パラアスリートの運動に伴う皮膚温の上昇抑制と、熱中症の予防に有用と考えられる。
皮膚温の評価方法
皮膚温の評価に用いるツールの違いが、運動による体温の上昇の把握や冷却戦略の効果測定に影響を与える可能性がある。20件の研究報告のうち、18件は接触型測定を採用し、2件が赤外線サーモグラフィーや赤外線温度計などの非接触的手法で測定していた。
接触型の測定では、長時間にわたって皮膚温を測定可能だが、得られる皮膚温はセンサーの留置部位に限られる。一方、非接触的手法は関心領域の皮膚温を総合的に評価可能だが、着衣で覆われた部分は評価不能という限界点がある。著者らは、このような違いもデータの比較やメタ解析を困難にしている一因として挙げている。
文献情報
原題のタイトルは、「Skin temperature measurement in individuals with spinal cord injury during and after exercise: Systematic review」。〔J Therm Biol. 2022 Apr;105:103146.〕
原文はこちら(Elsevier)