サルコペニア栄養補助療法としての漢方 筋力や食欲などへの影響のレビュー
サルコペニアの臨床における、伝統的医療である漢方の可能性を検討したナラティブレビューが報告された。多面的な作用を持つ漢方薬は、栄養関連の補助療法として位置付けられるとしている。防衛医科大学校第一外科の黒川胤臣氏、福島県立医科大学エピゲノム分子医学研究講座の黒川友博氏の研究によるもので、「Frontiers in Nutrition」に掲載された論文の要旨を紹介する。

多因子性に生じるサルコペニアに対する医学的介入のハードルを漢方なら越えられる?
世界的な高齢化の進展により、サルコペニア対策が各国で主要な課題となっている。サルコペニアは筋肉量の減少や筋力低下が特徴とされるが、実際には食欲や身体活動および代謝の低下、慢性疾患や慢性炎症などが関与し、それらが相加的に身体能力を低下させていることが多い。このような状態に対する治療戦略としては、分子学的な単一の標的を狙った西洋医学的介入は効果が限定的、または多剤併用となりやすい。
一方、東アジアで誕生し日本で標準化された漢方医学は、対象者の証(体質や全身状態)にアプローチする介入法であり、国内では疾患治療薬として欠くことのできない存在となっている。とくに、食欲不振や易疲労、衰弱、複数の愁訴など、単一の原因の特定が困難な病態において頻用されている。このことから、サルコペニアのような多因子性に生じる状態に対しても漢方医学が役立つ可能性が考えられる。
実際、サルコペニアに対する漢方薬の有効性を歴史的背景などとともに総括したレビュー論文が、すでに発表されている。これらを踏まえ黒川氏らは、漢方医学を栄養関連の補助療法として位置付け、食欲や炎症、ミトコンドリア機能、腸-筋肉軸、フレイルや悪液質との関連なども含め、より発展的なナラティブレビューを行った。なお、本研究の主目的は、「漢方医学がサルコペニアの確立された治療法であると主張することではなく、現在のエビデンスの強みと限界を評価し、直接的なエビデンスと間接的な生物学的妥当性を区別し、今後のトランスレーショナル研究における優先事項を特定すること」と記されている。
6種類の漢方処方~その根拠
文献検索には、PubMed、Scopus、Web of Scienceを用い、それぞれのスタートから2026年5月までに収載された、サルコペニアと漢方医学に関する報告を抽出した。製法が標準化されていない生薬を使った研究、査読システムのないジャーナルでの発表などは主な検討対象としなかった。
論文では、漢方薬の可能性に関するレビューのほかに、サルコペニアの栄養学的要因と代謝的要因、フレイルや悪液質との差異など広範なテーマについて、現時点の知見が総括されているが、ここではサルコペニアへの栄養介入としての漢方薬の可能性に関する記載を中心に紹介する。
サルコペニアへの漢方薬による介入を支持する理論
薬学領域では近年、薬剤が作用する過程における生体内での複数の要素の相互の関連を捉える「システム薬理学」や、治療標的以外のタンパク質、シグナル伝達、遺伝子発現などのつながりに対する薬剤の影響を捉える「ネットワーク薬理学」の研究が進展している。これらの研究は、多成分の薬剤が複数の生物学的要因に対して同時に影響を与える可能性を支持しており、サルコペニアのような病態への薬物介入を考慮する際にはとくに魅力的な概念といえる。
複数の生薬からなる漢方薬はこの概念によく適合した薬剤といえる。ただし、漢方薬によるサルコペニアの病態改善の可能性は、その多成分の薬理作用による筋肉への直接的な作用だけでなく、食欲や摂取量、疲労、炎症負荷、代謝機能など、臨床的に重要な栄養状態への影響を介した間接的な作用も想定される。とはいえ、システム薬理学やネットワーク薬理学の理論は、漢方薬がサルコペニアに有効とする仮説を生成するものの、臨床的な有効性を示すエビデンスに代わるものではない。
一方、臨床研究および基礎研究の知見から、サルコペニアに有用な可能性が期待される方剤として、人参養栄湯、六君子湯、補中益気湯、十全大補湯、八味地黄丸、牛車腎気丸などを挙げることができる。
人参養栄湯(にんじんようえいとう)は、12種類の生薬から構成され、体質的な虚弱、疲労、食欲不振、病後回復の遅延などに対して、伝統的に処方されてきている。フレイル/プレフレイル該当者に対する介入研究から、食欲不振およびフレイル関連指標の改善が報告されている。また、慢性閉塞性肺疾患と併存するフレイルまたはサルコペニア患者を対象とする介入で、生活の質、身体活動、骨格筋量指数、膝伸展筋力、歩行速度、呼吸関連アウトカムの改善が報告されている。
六君子湯(りっくんしとう)は、食欲調節や癌に伴う食欲不振・悪液質との関連で広く研究されてきている。グレリン分泌を刺激することなどで、食欲不振や摂取量の減少を改善すると考えられている。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は、伝統的にも疲労、体質的衰弱、活力低下に用いられてきている。免疫調節作用や抗炎症作用が示唆されており、栄養状態改善の可能性も議論されている。
十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)は、体質的な虚弱、疲労、食欲不振、貧血、病後や手術後の回復などに、伝統的に用いられてきている。前臨床試験からは、筋萎縮や運動機能の低下を抑制することが示されている。
八味地黄丸(はちみじおうがん)は、下肢筋力低下、代謝機能障害、冷えなどに対して処方されている。実験的研究では、代謝調節、酸化ストレス、ミトコンドリア関連経路に影響を与える可能性が示唆されている。
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)は、末梢神経障害、下肢症状、代謝障害によく用いられている。
上記のように、これら6方剤はサルコペニアへの有用性を示唆する報告がみられたが、全体としてサルコペニア関連指標をエンドポイントとした研究報告は依然として限られたものであった。
安全性への配慮とこれまでの研究の限界
サルコペニアの該当者は副作用・相互作用のリスクが高い状態であることが多い
漢方薬に有害事象のリスクがないわけではない。とくにサルコペニアやフレイルの高齢者は、複数の疾患を抱え多剤併用療法が行われていたり、腎機能低下、生理的予備能が低下していたりするなど、有害事象のハイリスク状態にある。
最も注意が必要な有害事象の一つとして、甘草を含む方剤による偽アルドステロン症が挙げられる。高血圧、浮腫、低カリウム血症、ミオパチー、横紋筋融解症、不整脈を引き起こす可能性に留意が求められる。これらのうち低カリウム血症やミオパチーは、サルコペニアによる筋力低下を悪化させることもあると考えられる。
また、サルコペニア該当者には降圧薬や抗凝固薬・抗血小板薬などが処方されていることが少なくなく、それらの医薬品と漢方薬との相互作用のリスクを念頭におく必要もある。
サルコペニアに的を絞った介入研究はまだ少ない
サルコペニアをターゲットとした漢方薬による介入試験の報告はいまだ限られている。今回のレビュー対象論文も、多くの研究はサルコペニアの定義に関連する指標ではなく、食欲、虚弱、疲労、慢性疾患の症状、神経障害、悪液質などへの影響を評価するものであった。
また、研究デザインが多様であり、盲検化された無作為化比較試験は少なく、非盲検試験や観察研究が多くを占めていた。さらに、作用機序に関するエビデンスは動物実験、または関連する他の疾患における研究からの推察が中心だった。
加えて、漢方薬に関する研究報告は、処方内容(用量や投与期間)、重症度、服薬遵守状況、運動や栄養などの並行介入といった情報が十分でないことがあり、出版バイアスのリスクが懸念される報告も散見された。
論文の結論は、「サルコペニアに対する漢方薬の利用は単独療法としてではなく、多角的な治療の一環として、栄養関連補助療法と位置づけることが妥当である。また実臨床における有用性については、現段階では多くの仮説に基づく判断となる。今後、特定の漢方薬が臨床的に意義のあるアウトカム改善につながるかを判断可能な、より精緻な研究デザインで実施された透明性の高い研究報告が求められる」とまとめられている。
文献情報
原典論文のタイトルは、「Kampo medicine as a nutrition-relevant multi-target intervention for sarcopenia: implications for appetite, mitochondrial function, and the frailty-sarcopenia-cachexia continuum」。〔Front Nutr. 2026 Aug 13:13:1871481〕
原文はこちら(Frontiers Media)








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