ビートジュースのメリットとリスクに関する系統的レビュー
日本ではあまり馴染みがないビートルートは、ロシアのボルシチに使うビーツとして知られる赤いカブ。"飲む輸血"とも言われ、栄養価の高い西洋野菜だ。これを絞ったビートジュースには、最大11.4g/Lという高濃度の硝酸塩が含まれている。硝酸塩の摂取はスポーツパフォーマンスを向上させる可能性があるため、特に持久力系スポーツアスリートの間でビートジュースの消費量が、長年にわたり増加してきている。世界のビートジュース市場は毎年5%の成長が報告されており、この上昇は今後も続くと予測されている。
ビートジュースに含まれる硝酸塩は、摂取された後、体内で亜硝酸塩に変換され、その後、一酸化窒素(NO)に変換される。NOは血管拡張作用があり、血圧を低下させ、活動中の筋肉への酸素と栄養の供給を増加させる。このような作用はアスリートにとってメリットとなり得るが、その一方で硝酸塩は、化学発がん性物質の一種であるN-ニトロソ化合物の内因性形成に寄与する。
ビートジュースの影響に関するこれまでのシステマティックレビューは、ほとんどが血圧への影響を検討したもので、潜在的なリスクを検討したレビューは少ない。そこで本検討では、公表されているビートジュース関連文献に基づき、あらゆるメリットとリスクの検討を試みている。
文献検索の手法
システマティックレビューのための文献検索では、対象論文を健康なヒトまたは動物に関する研究とし、レビューやメタ分析は含めなかった。英語で書かれた論文から、メリットに関しては、「血圧」、「パフォーマンス」、「持久力」、「酸素」、「一酸化窒素」、「アドバンテージ」、「ベネフィット」という語句と「ビートジュース」を検索ワードとした。リスクに関しては、「ニトロソ化合物」、「がん」、「リスク」、「健康リスク」、および「N-ニトロソ化合物」という語句とビートジュース」を検索ワードとした。
検索の結果、258件の論文がヒットした。これらのうち、対象が健康な被験者でないものやレビューまたはメタ分析などを除外し、86件の論文が解析対象となった。
主な結果は以下のとおり。
骨格筋と酸素消費に対するビートジュースの一般的な影響
ビートジュースは、複数の機序を介してスポーツのパフォーマンスを向上させることができる。機序としては、骨格筋の酸素消費量の減少、嫌気呼吸と好気呼吸のシフトの加速が該当する。これによって筋疲労の発現が抑制されるだけでなく、パワーが増加する。
心血管機能に対するビートジュースの効果
ビートジュースの摂取は血流と血管内皮機能に関連し、循環器疾患の治療における外因性硝酸塩の潜在的なメリットがある可能性がある。また、ビートジュースの心拍出量と心拍数への影響は性差がみられ、女性を対象とした研究とは対照的に、男性を対象とした研究では心拍出量への影響は示されていない。ビートジュースが心拍数に及ぼす影響は、1件の報告を除いてほとんど研究されていない。
血圧への影響
ビートジュース摂取後の急性反応としての血圧低下は、既に十分に調査されている。摂取による短期的および慢性的な影響として、若い健康な成人において、収縮期血圧(場合によっては拡張期血圧)を低下させることにより、高血圧の治療に役立つ可能性がある。
高齢者対象の研究結果は決定的なものではない。ビートジュースの長期摂取によって、血圧の改善が慢性的にもたらされるか否かについての調査研究は行われていない。
ビートジュースサプリメントのスポーツパフォーマンスへの影響
スポーツパフォーマンスに対するビートジュース摂取の影響は、レクリエーション的に活動的な男性、高度にトレーニングされた男性、および、レクリエーション的に活動的で高度にトレーニングされた女性で、個別に検討された。
トレーニングに関するビートジュースの単回摂取の効果
ビートジュースの単回摂取は、筋肉機能またはトレーニング適応に関して有益であると思われる。ただし、無呼吸で行う身体活動や水泳選手には適用されない。
レクリエーション的に活動的な男性
決定的な結論は得られないが、ほとんどの研究は、適度に訓練された男性のパフォーマンスに対するビートジュースの有益な効果を示唆している。
高度にトレーニングされた男性
高度にトレーニングされた男性アスリートにおけるビートジュースの摂取に関する結果は決定的ではなく、競技種目および検討方法に依存していた。
レクリエーション的に活動的で高度にトレーニングされた女性
ビートジュースの摂取は、サイクリングやカヤックのタイムトライアルのパフォーマンスに影響を及ぼし得るが、高度にトレーニングされた女性の持久力には影響しない。
トレーニングに関連するビートジュースの短期間摂取の影響
レクリエーション的に活動的な男性
レクリエーション的に活動的な男性でのビートジュースの短期間摂取は、消耗に至るまでの時間の改善、最大スプリントパフォーマンス、高強度断続的パフォーマンスなどに有益と考えられる。しかし、耐久性パフォーマンスや全力疾走テストなどの効果が常に観察されるとは限らない。
高度にトレーニングされた男性
高度にトレーニングされた男性においても、パフォーマンス向上効果、疲労抑制が認められる。また、酸素利用の減少も観察され、これはパフォーマンスにとって有益。ただしタイムトライアルに関するビートジュース摂取の影響については、決定的なものではない。
高度にトレーニングされた女性
十分に訓練された女性に関して、ビートジュースの短期摂取の効果を調査した研究は2件だけだった。エリート女性水球プレイヤーでは、ビートジュースはスプリントパフォーマンスを改善しないことが示された。別の研究でも、タイムトライアルの向上は認められなかった。
スポーツパフォーマンスへのメリットに関する結論
全体として、筋肉機能またはトレーニングの適応に対するビートジュースの単回投与の影響は決定的ではない。しかし多くの研究が、レクリエーション活動をしている女性やよくトレーニングされた女性のパフォーマンスに対するビートジュースの有益な効果を示唆している。
よくトレーニングされた男性アスリートの場合、ビートジュースの摂取の影響は決定的ではなく、結果は競技種目と検討方法に依存していた。ただし、ビートジュースの短期的な補給(1日1回以上または複数日)は、レクリエーション活動をしている男性のスポーツパフォーマンスに有益な効果を示す。
一方で、ビートジュースの短期摂取に関する研究は数が少なく、とくに女性についてはさらに多くの研究を行う必要がある。
その他の健康面での有益性
ビートジュース摂取による、その他の人体への影響を調査した研究も多い。
例えば、亜硝酸塩濃度の急激な変化が原因と考えられる身体姿勢の変化、口腔衛生との関連、気管支収縮の予防、微小血管拡張、および認知機能などとの関連の検討結果が報告されている。血糖値やC-ペプチド、インクレチン濃度など、糖代謝面からの検討もなされている。
ビートジュース摂取に関連するリスク
ビートジュースには高レベルの硝酸塩が含まれているため、摂取によりN-ニトロソ化合物が産生される可能性があり、健康リスクが生じることも否定できない。N-ニトロソ化合物の産生とビートジュースの摂取との関連の短期的および長期的な検討、ならびにその潜在的な発がんリスクを明らかにするため、さらに多くの研究が必要だ。
それらのデータが得られるまで、ビートジュースの慢性的な使用に注意しつつ、スポーツパフォーマンスの向上に利用していくことが重要だろう。
結 論
以上の検討から、著者らは本研究の結論を以下のようにまとめている。
広範な研究で、ビートジュース摂取による健康への有益な効果が報告されている。とくに、それらはスポーツに関する効果である。
その効果は、ビートジュースが含有する高レベルの硝酸塩によって説明される。硝酸塩は、NO産生やVO2を含むさまざまなパラメーターに有益な影響をもたらす。例えば、血流、血小板凝集、心拍数、心拍出量、血圧、そしてパフォーマンスなどだ。とくに心血管系への影響のため、ビートジュースは心血管疾患の治療におけるサプリメントとして使用できる可能性がある。
ただし、硝酸塩の大量摂取により、発がん性の可能性があるN-ニトロソ化合物が産生されることもあり、多くの経路で高レベルの硝酸塩を摂取すると、さまざまな種類のがんのリスクが高まることが考えられる。しかし、ビートジュース摂取の健康リスクの可能性を調査した研究はほとんど発表されていない。
したがって、ビートジュース摂取のマイナスの影響を包括的かつ信頼性の高い方法で評価するには、さらに調査が必要である。
文献情報
原題のタイトルは、「The benefits and risks of beetroot juice consumption: a systematic review」。〔Crit Rev Food Sci Nutr. 2020 Apr 15;1-17〕
原文はこちら(Informa UK Limited)