妊娠期の鉄の摂取は「朝」が効果的? 摂取タイミングで効果が変わる可能性 広島大学ほか
妊娠期鉄欠乏モデルマウスにおいて、鉄の摂取時間帯によって効果が大きく異なることが明らかになった。活動期はじめ(朝)の鉄摂取は、活動期おわり(夕方)※1と比べ、胎盤への鉄輸送が増え、鉄欠乏による胎生致死が減少し、胎児の体重が増加したという。胎盤の概日時計※2が鉄欠乏状態で変化し、鉄の輸送に関わる遺伝子の発現が概日時計により制御されていることも明らかにされた。広島大学などの研究グループの成果であり、論文が「npj Science of Food」に掲載された。
※1 活動期はじめ(朝)、おわり(夕方):夜行性のマウス、昼行性の人において、時計遺伝子の日内リズムを考慮した結果、夜行性でも昼行性でも、活動期のはじめが「朝」、活動期のおわりが「夕方」であると定義できる。本研究結果も、マウスにおける朝の鉄摂取効果は、人における朝の鉄摂取による効果と同様であろうと推察できる。一方で、人で実際に同じことが起こるかどうかは、今後検証する必要がある。
※1 概日時計:約24時間周期を刻む生体内の時計を概日時計、または体内時計と呼ぶ。概日時計は、時計遺伝子により制御されており、生体内のさまざまな生理現象に日内リズムを作り出している。
研究の概要:時間栄養学で鉄摂取のタイミングと妊娠期の鉄代謝・胎児への影響を検討
広島大学と中国労災病院の研究グループは、妊娠期鉄欠乏モデルマウスを用いた実験により、鉄の摂取タイミングによる効果の違いを発見した。
妊娠期の鉄欠乏性貧血は、母体のみならず胎児の発育にも重大な影響を及ぼす重要な健康課題。この研究では、概日時計に基づく「時間栄養学」の観点から、鉄摂取のタイミングが妊娠期の鉄代謝および胎児発育に与える影響を明らかにすることを目的とした。
その結果、活動期はじめ(朝)の鉄摂取は、母体の体重増加の改善に加え、胎児死亡率の低下、胎児体重の増加、胎盤における鉄貯蔵量の増加をもたらした。また、胎盤における鉄輸送関連遺伝子の発現も有意に上昇していた。さらに、鉄欠乏条件下では胎盤および胎児の鉄代謝に日内リズムが出現し、そのピークが活動期はじめに一致することが明らかとなった。加えて、時計遺伝子変異マウスではこれらのリズムが消失したことから、胎盤の概日時計が鉄輸送の時間依存性を制御している可能性が示唆された。
以上より、妊娠期における鉄摂取は、活動期はじめに行うことで胎児への鉄供給および発育に有利に働くことが示された。
本研究は、サプリメントを含む栄養素摂取の最適なタイミングを提案する時間栄養学の新たな知見を提供する。今後はヒトを対象とした臨床研究により本知見の検証を進めるとともに、高用量鉄製剤の投与タイミングや非妊娠時の貧血への応用についても検討する必要がある。
研究の背景:妊娠期の鉄欠乏性貧血は早産、低出生体重児、脳発達遅延のリスク
女性の貧血、とくに妊娠期の貧血は世界的な健康課題。WHO(世界保健機構)によると、世界の妊娠女性の約36%が貧血状態であると報告されている(2019年の調査結果)。
妊娠時貧血の主な原因は鉄欠乏性貧血。日本人の食事摂取基準(2025年版、厚生労働省)によると、20~30代の女性の鉄摂取推奨量は1日10~10.5mg、妊娠中期・後期では1日14.5mgとされている。しかし、国民健康栄養調査によると、20~30代の日本人女性の鉄摂取量は1日平均6~7mg程度であり、多くの人が推奨量には達していないのが現状。
妊娠期の鉄欠乏性貧血は、母体の体調低下だけでなく、早産、低出生体重児、脳発達遅延等のリスクとなる。体内では鉄の量は厳密に管理されており、とくに鉄が腸管から吸収された後は、肝臓からのヘプシジン分泌による腸管の鉄吸収抑制が起こる。よって、鉄製剤の投与は、1日2回よりも1日1回の方が、効率が良いのではないかという報告があった。一方で、ヘプシジンや、腸管での吸収、肝臓での鉄貯蔵に関わる遺伝子には日内リズムが報告されていた。
よって本研究では、効果的な鉄の摂取タイミングが存在すると仮定し、妊娠期鉄欠乏モデルマウスを用いた鉄の摂取タイミングとその効果の検討を行った。
研究成果の内容:サプリと同程度の量の鉄を「夕方」ではなく「朝」摂る利点
本研究では、鉄欠乏餌で飼育した妊娠マウスに対し、硫酸第一鉄(1mg/kg/day)を妊娠7〜15日目まで、活動期はじめ(暗期開始のタイミングを“朝”と定義)、または活動期おわり(明期開始のタイミングを“夕方”と定義)に摂取させた。その間、母体の体重増加を記録するとともに、妊娠17日目の母体、胎児の生化学的なデータを取得した。
その結果、鉄欠乏により低下した母体の体重は、活動期はじめの鉄摂取でのみ有意に改善した(鉄欠乏:平均46.6g、朝摂取:平均51.1g、夕摂取:平均48.9g)。また、活動期はじめの鉄摂取は、活動期おわりの摂取と比較し、胎児の死産が減少し(鉄欠乏:7/95匹、朝摂取:0/106匹、夕摂取:2/105匹)、胎児の平均体重の増加(鉄欠乏:0.77g、朝摂取:0.99g、夕摂取:0.89g)、胎盤におけるフェリチン(鉄貯蔵量の指標)の増加(鉄欠乏:132.3μg/mL、朝摂取:186.2μg/mL、夕摂取:145.7μg/mL)がみられた。
また、胎盤における鉄輸送関連遺伝子(Tfr, Fpn1, Irp2※3)の発現も、活動期はじめの鉄摂取で有意に高いことがわかった。
※3 Tfr, Fpn1, Irp2:Tfrは、トランスフェリン受容体。血液中の鉄輸送タンパク質と結合し、背細胞内に鉄を取り込む膜タンパク質。Fpn1はフェロポーチン1。細胞内の鉄を外に輸送する膜タンパク質。Irp2は、鉄制御タンパク質。鉄イオン濃度を感知し、鉄代謝・輸送関連遺伝子を制御している。
よって、鉄欠乏性の妊娠時貧血モデルマウスにおいて、活動期はじめの鉄摂取が、活動期おわりの鉄摂取よりも、胎児への鉄輸送や発達に効果的に作用することがわかった。
次に腸内細菌叢について比較検討したところ、活動期おわりの鉄摂取は、腸内環境の乱れや炎症と関連が報告されているProteobacteria門の増加をもたらすことがわかった。さらに、鉄欠乏により、胎盤、胎児における鉄、フェリチン量、胎盤における鉄代謝関連遺伝子発現に新たな日内リズムが出現することがわかった。とくに、胎盤、胎児における鉄、フェリチン量、胎盤のIrp2, Tfr等の発現リズムは、活動期はじめに高いピークを示した。
また、主要な時計遺伝子であるClockの変異マウスを用いて、妊娠時の胎盤における遺伝子発現を調べた結果、時計遺伝子や、Irp2,Tfrの発現の日内リズムが消失することもわかった。
よって、胎盤における概日時計が胎児への鉄輸送の日内リズムを作り出している可能性が示唆された。
今後の展開:ヒトでの検証、非妊娠期での検証に期待
研究グループが妊婦を対象に行った調査研究では、約半数の妊婦が鉄を含むサプリメントを摂取しており、そのうち朝に摂取する人、夕方に摂取する人は、それぞれ半々に分かれていた。本研究結果は、妊娠期に夕方よりも朝に鉄サプリメントを摂取したほうが効果的であることを、動物実験により示したもの。今後は、ヒトを対象とした臨床研究にて今回の結果を検証する必要がある。
本研究結果は、時間栄養学として、サプリメントの効果的な摂取タイミングを提案するもの。時間栄養学とは、体内時計研究をベースにした食・栄養のタイミングを考える新しい研究分野。著者らは、「サプリメントを摂取する多くの一般の方が、その効果的な摂取タイミングに関心を寄せているのも事実であり、今後もさまざまな栄養素、機能性食品成分について、効果的な摂取タイミングを提案していきたいと考えている」としている。
なお、本研究は、比較的低容量の鉄摂取(サプリメントと同程度)による、妊娠時貧血モデルマウスへの投与タイミングの影響を調べた結果だが、一方で実際の臨床現場では、重度な貧血を伴う妊婦に対し、高用量の鉄製剤を処方することが多い。臨床現場では、朝の鉄製剤摂取は、日中の吐き気などの副作用により敬遠されることも多い。よって、今後の研究では、高用量の鉄摂取において、消化管での炎症等にも着目しながら、効果的な処方タイミングを検討していく必要がある。また、今回は妊娠かつ胎盤に着目した研究であり、非妊娠時における貧血への対応についても、時間栄養学的な研究を今後行う必要がある。
関連情報
【研究成果】妊娠期の鉄の摂取は、夕方よりも朝が効果的(広島大学)
文献情報
原典論文のタイトルは、「Time-of-day difference in iron supplementation in iron-deficient pregnant model mice」。〔NPJ Sci Food. 2026 Apr 24〕
原文はこちら(Springer Nature)







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